町田康の「バイ貝」を読んだ! | とんとん・にっき

町田康の「バイ貝」を読んだ!

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町田康の「バイ貝」を読みました。まさに“一気読み”でした。本棚の見えるところには、町田の処女小説「くっすん大黒」とか、エッセイ集「へらへらぼっちゃん」とかがあり、芥川賞受賞作「きれぎれ」は読んでいますが、十数年経っているので記憶が記憶がはっきりしません。しかし、第41回谷崎潤一郎賞を受賞した「告白」と、第61回野間文芸賞を受賞した「宿屋めぐり」は、共に600ページを超える分厚いもの、言うまでもなく町田康の小説家としての力量を示すと同時に代表作でもあります。


話は一転、この「バイ貝」、本の帯には、「超言語烈文、文芸作品。溜まりゆく鬱を散ずるため私はホームセンターに向かった。」として、「物を買い、使う。買い、使う。今を生きるには、飽くなき消費を続けるしかないのだろうか。」とあります。


「バイ貝」は、「ドストエフスキーは、貨幣は鋳造された自由である、と書いた。心の底、腹の底からその通りであると思う。カネ、銭を遣うとき我々はなにものからか解放されている。なぜかと言うとカネを稼ぐとき我々は、確実になにものかに縛られているからで、カネを稼いでいると自らのなかに打つが蓄積してくる。その鬱を散じるために我々はカネを使うのである。」と始まり、「多くの鬱を抱えたままで自由・幸福にはなれないからで、あまりにも多くの鬱があるようであれば一定程度、カネを遣い、その鬱を散じておく必要がある。」と続けます。


ということで、作者と等身大の主人公は、抱えている鬱を散じるために、なにを買いにい行くかを考えます。雑草ばかりが見苦しい庭の手入れをするために、鎌を買うことにします。鎌を買うためにホームセンターへ行きます。窯の価格で混乱・困惑させられます。富士月光・超特急・中厚が3045円もするのに比して、タマニホン・特製・中厚鎌・280円、この二種類の鎌で悩みに悩みます。何が違うのかというと、切れ味が違う。しかし、考えに考えた末に、安い方のタマニホンを買うことにします。


タマニホンを買って“鋳造された自由”を行使したというわけです。280円分の鬱は確実に散じられました。

タマニホンはステンSLD鋼を使用しており、錆に強くよく切れるらしい。しっくりと手になじみ、重量感もちょうどいい。なんかこう、自分が強くなったようなそんな気持ち、「タクシードライバー」という映画で、主人公が拳銃を入手し、鏡に自らの姿を映し出し悦には入る場面、ああいった感じです。更に鬱を散ぜんと草刈りに取りかかると、なんといっても280円、280円で素晴らしい切れ味、というのは虫がよ良すぎる。早い話がタマニホンはまったくの“なまくら”でした。


気がつくと頭のなかに大量の鬱が蓄積、富士月光を買ってさえいればこんなことにならずに済んだのだ。そう思うとまた鬱が溜まります。この鬱を散ずるためには、やはり、“鋳造された自由”を行使するしかない。さあなにを買おうか。焦げ付きやすいフライパンの代わりに直径26cmの鉄の中華鍋を買う。自分に掛けていた物は趣味、実益を目的としない純粋な個人の楽しみとして、趣味を持とう、そのために金を使おう、鬱を散ずる自分を思い浮かべ、思いついたのが写真、そして最新式のデジタルカメラを買います。そして同じような失敗を次々と繰り返します。


銭を遣っていろんな物を“バイ貝”するのは楽しい。しかし、その分の銭を稼ぐ、という鬱の溜まることをしなければならず、いわば“諸刃の剣”、銭を遣う楽しさが銭を儲ける鬱を上回ればよいが、下回れば、鬱が鬱を呼ぶ。鬱の蟻地獄に陥ってしまいます。


小さくてメカ然としてやや価格の高いのを買いました。“利口”というメーカーの作ったカメラで、家角は7万円弱でした。このカメラさえ買えば、おもしろい、心が興奮したり、愉快になったりする写真が撮れて、鬱がグングンと減少していくと信じていたからです。モデルとして犬を連れてロケーション撮影を決行。気持ちがマックス、高まって、ルンルーン、ランララーン、と踊るような足取りで、いつものお散歩コース、ビーチ海岸へ。このカメラで素晴らしい写真を撮り、写真集を出し、その業績が評価されて人間国宝になる。

勃起した陰茎のようなレンズがシュルシュルと本体におさまっていく、はずだった。カメラは、ジーコ、ジーコと人間を拒絶するような悲しい音を立てている。液晶モニターは闇でした。やむなく修理に出したところ、故障の原因は内部に入り込んだ砂塵が原因であり、そのような場所で使用した場合は保証修理の対象にはならず、有償修理となり、その費用は3万8千円になるという。およそ人間の住むところはどこでも砂塵が舞っている。カメラを一度、使用するたびに3万8千円払い続けるしかないのだ。鬱が減ることなど決してない。減るどころか加速度的に増大していくのだ。そう思った瞬間、突然、ヤキソバが食べたくなりました。


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