シーグラムビルとフォア・シーズンズ・レストラン
1972年夏、卒業した大学の研究室の先生と一緒に「アメリカ建築視察旅行」をしました。最初に着いたのがニューヨーク。観に行ったのがパークアベニューにあるミース・ファン・デル・ローエの「シーグラム・ビル」です。完成は1958年です。その斜め前にはSOMのゴードン・バンシャフトによる「レバー・ブラザース・ビル」(1952年)があります。
ミースに設計を依頼した経緯が面白い。エール大学建築科を卒業した社長令嬢が、パリで休暇を過ぎしていたときに、シーグラム本社ビルの計画を知り、急遽ニューヨークへ戻り父親に会います。従来通りの経済性だけのビルを建てるのは会社の損失であり意味がない。現代建築家により優れた高層建築を建てることは、社会に貢献するばかりではなく、会社のイメージアップにも繋がると、父親を説得しました。そして世界の建築家を訪ね、その結果ミースに設計の仕事を依頼することに決まったそうです。
形式的にはシーグラム・ビルの設計はミース・ファン・デル・ローエとフィリップ・ジョンソンとなっていますが、ニューヨークで建築家の資格がないミースをジョンソンが補佐するというかたちだったようです。シーグラム・ビルの設計の間に、ジョンソンは「ガラスの家」(1949年)を建て、ミースは「ファンス・ワース邸」(1950年)を建てます。
フィリップ・ジョンソンは1906年オハイオ州生まれ、ハーバード大学卒業後ヨーロッパを旅行、その体験がヘンリー・ラッセル・ヒッチコックとの共著「インターナショナル・スタイル 1922年以後の建築」となります。そして26歳でニューヨーク市近代美術館の建築部長に就任します。1940年34歳でハーバード大学建築学部大学院に再度入学、マルセル・ブロイヤーのもとで学びます。40歳で再びニューヨーク市近代美術館の建築及びデザイン部長となります。彫刻や抽象絵画の収集でも知られています。
シーグラム・ビルのなかには「フォア・シーズンズ・レストラン」があります。ニューヨークのハイソサエティ向けの高級レストランです。デザインはフィリップ・ジョンソンです。ミロ、ピカソのタピストリー、トムリン、ポロックの絵画、リッポルドの彫刻、等々、さながら現代アートの陳列場で、絢爛豪華な空間です。僕は「フォア・シーズンズ・レストラン」のなかを覗いた記憶があるのですが、その辺うろ覚えです。なにしろ天井が高くて、ガラス面がほとんどなので明るいという印象があります。ジョンソンの事務所は1957年にシーグラム・ビルの37階と38階に移り、模型室もシーグラム・ビルの地下にあったそうです。1階のエレベーターホールでウロチョロしていると、シーグラムの人が上へ上がってもいいよと声をかけてくれました。エレベーターに乗って、シーグラム本社の受付まで行った記憶があるんですが、たぶんお酒のショーケースを見たように思います。今では考えられません。いい時代でした。
「シーグラム」、そして「フォア・シーズンズ」と聞いて、僕はすぐに裏にはフィリップ・ジョンソンがいると思いました。「マーク・ロスコ 瞑想する絵画」には、「1958年から59年にかけて制作されたシーグラム壁画は、作品が飾られるはずだった最高級レストランの雰囲気が気に入らなかったロスコは、一度は喜んで引き受けた話を自ら断り、完成した30枚の絵は行き場を失ってしまいます」とあります。誰がどういう経緯でマーク・ロスコにフォア・シーズンズ・レストランの壁画を依頼したかは僕はわかりません。しかし、もともとシーグラムビルのなかのフォア・シーズンズ・レストランは、ロスコの絵を飾る場所がほとんどありません。行き場を失ったのは、依頼されたレストランの空間に合わせようとせずに、自分の意志で描きたい絵を描いた結果が30枚だったということなのでしょう。その結果、上に書いた通り、現代アートの陳列場さながらのレストランが、ジョンソンのデザインにより出来上がったのです。それがニューヨークのセレブの求めていた商業的な空間なので、ロスコはそれを嫌ったのは当然でしょう。結果としてよかったように思います。
木島俊介の「アメリカ現代美術の25人」(発行:集英社 1995年1月31日第一刷発行)には次のような一節があります。(これについては、ジョンソンの年譜には載っておらず、どのような建築だったのかは確認がとれていません)
1964年のこと、ロスコは信頼していた友人のコレクターから、ヒューストンのローマン・カソリックの教会堂に壁面パネル画を描く依頼を受けてこれに熱中した。フィリップ・ジョンソンが設計を監督したこの八角形プランの教会堂は、結局、ロスコの死の翌年に完成するのだが、彼はその内壁を、三組の三連パネル画と五枚の独立したパネル画、さらに四枚の可動のパネル画によって飾っているのである。「キリストの受難」を主題としているこれらのパネル画は、全てが栗色と黒との単純な色面からなり、観る者を沈黙の世界にひき込んでしまう。
Mies van der Rohe
写真:二川幸夫
1968年4月25日発行
発行:美術出版社
現代建築家シリーズ
Philip Johnson
写真:二川幸夫
1968年4月25日発行
発行:美術出版社