青山七恵の「ひとり日和」を読む! | とんとん・にっき

青山七恵の「ひとり日和」を読む!


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文芸春秋3月号は 2月10日発売、特価780円(本体743円)です。本をお金に換算したくはありませんが、なにしろお買い得です。第136回芥川賞発表の月です。本が売れない2月、8月に掲載する芥川賞、直木賞、文芸春秋の社長だった菊池寛が創設したと言われています。その策略にのせられて、僕は芥川賞発表時には毎回文芸春秋を買い続けています。23歳の弾ける才能とし、石原慎太郎、村上龍両氏がそろって激賞した青山七恵の「ひとり日和」が今回の受賞作です。選考委員、石原慎太郎、村上龍、池澤夏樹、高樹のぶ子、黒井千次、山田詠美、宮本輝、河野多恵子の選評が載っています。


その他に芥川賞関連に記事が2つ、ひとつは湯川豊の「芥川賞10大事件の真相」、これはよく知られている芥川賞に関する話題を、10項目に整理して手際よくよく纏めたものです。そして特別鼎談「我らが青春の芥川賞を語ろう」と、石原慎太郎、村上 龍、綿矢りさの3人が語っています。「大器は早成す。時代を変えた3世代の受賞者が初めて顔を合わして・・・」、それぞれの文学感がよく出ていて面白い。石原慎太郎は昭和7年生まれ、23歳で「太陽の季節」で受賞、村上龍は昭和27年生まれ、24歳で「限りなく透明に近いブルー」で受賞、綿矢りさは昭和59年生まれ、「蹴りたい背中」で19歳で受賞、それぞれ新しい時代の幕開けと話題になったことはよく知られています。


今回「ひとり日和」で受賞した青山七恵は23最11ヶ月で、芥川賞史上7番目の若さだそうです。もちろん芥川賞は若さを競うものでないことは言うまでもありませんが、なんと言っても芥川賞は「新人賞」の趣が強く、「青春」がテーマになっていることが多い。この鼎談が行われたのが芥川賞選考会の前日だったようです。石原は「明日は選考会だけれど、一ついいのがあった」と言い、村上も「僕もひとつありました」と答えています。石原と村上は犬猿の仲?、相容れないのではないかと思っていましたが、あにはからんや、期せずして同じ作品を推していました。第136回芥川賞に青山七恵(23)の「ひとり日和(びより)」(文芸秋号)が選ばれた様子を伝える記事は以下の通りです。


青山さんは23歳11カ月で、女性受賞者では綿矢りささん、金原ひとみさんに次ぐ3番目の若さ。全体では7番目になる。埼玉県熊谷市生まれの会社員。筑波大学卒。05年に「窓の灯(あかり)」が文芸賞を受賞してデビュー、2作目の本作で初めての芥川賞候補になった。受賞作は、母親の留学で初めて親元を離れた20歳の女性が主人公。遠縁にあたる790代の女性の家に居候して、共同生活をする。失恋や仕事を通して、ひとり立ちの手がかりをゆっくりつかむまでを描いた。芥川賞選考委員で、23歳3カ月で同賞の受賞が決まった石原慎太郎氏と24歳4カ月で決まった村上龍氏が記者会見し、「ニヒリズムに裏打ちされた都会のソリチュード(孤独)を描いて圧倒的にいい」(石原氏)、「正確に厳密に言葉を選んで書かれていて、小道具も生きている」(村上氏)と絶賛した。 asahicom:2007年01月16日

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「ひとり日和」は「文芸秋号」に掲載されたもので入手不可能だったので、2月10日の「文芸春秋」の発売を待たなければなりません。新聞の広告には、2月17日発売予定となっていました。そんなわけで青山七恵の2005年の作品、第42回文芸賞受賞作「窓の灯」をまず先に読んでみました。それに関しては先日、次のようにこのブログで書きました。 まだ若いまりも、成熟しつつある、これから大人の女になりかかっているまりもと、成熟しきった大人の女のミカド姉さん。「まりも」は2階にある住み込み部屋に寝泊まりし、「ミカド姉さん」の喫茶店の手伝いをしながら「まりも」は「ミカド姉さん」の一挙一動をくまなく観察します。成長の過程で自分でもわけの分からない衝動に見舞われるものを含めて、ぐじゅぐじゅした青春としてではなく、さり気なく「空気」のように書いているので、好感を持ちました。と、書きました。


一方「ひとり日和」も作品のテーマは、「窓の灯」とほとんど同じように思われます。20歳の女性、知寿と、遠縁にあたる71歳の吟子さんとの同居生活を描いた物語です。吟子さんの一挙一動を例によってくまなく観察します。世代の違う2人の交流を通して、自立する前の若者の揺れる気持ちがつづられています。アルバイト先で知り合った彼氏との恋に破れたりする女性の心境の変化を克明に描きます。吟子さんを同性として意識したりしながら、ボーイフレンドのおじいさんも交えて、それなりに楽しい日々を過ごします。勤め先で正社員になることが決まり、1人暮らしを決意するまでを、「春・夏・秋・冬」、そして「春の手前」として丁寧に描いています。


それにしても、大学在学中にデビュー作で文芸賞受賞、就職たばかりで2作目にして芥川賞受賞の快挙。「ひとり日和」は作品の中頃、やや冗長に思える個所もありましたが、押さえた筆致は見事です。「吟子さん、外の世界って、厳しいんだろうね。あたしなんか、すぐ落ちこぼれちゃうんだろうね」といっていた知寿が、会社の寮に入り、一人暮らしが始まります。「朝起きると、まずやかんの湯冷ましを飲む。顔を洗って、食パンを焼く。服を着て化粧をして、出社してはたらく。毎日同じことの繰り返しだ」「ただ、目が覚めるとやってきているその日その日を、一人でなんとかこなしていく」と言いながら、なんとなく好きな人もできます。


最後の「春の手前」だけ取り上げても、新しい小説の始まりを思わせます。「その人は既婚者である。今までにないパターンだ。この恋がうまくいけば不倫、ということになるだろう」。日曜日、約束通り、既婚者と競馬に行きます。売店で働いていた笹塚駅を通り、吟子さんの家がある駅を通ります。「その家は、今も変わらずそこにあった」。思い出のたくさん詰まった京王線に乗って、知寿は府中へと向かいます。「電車は少しもスピードをゆるめずに、誰かが待つ駅へとわたしを運んでいく」。