私は20代、30代までは動くリーダーでした。40代から動かなくなりました。40代は、人生で1番思い通りにならない苦しみを経験する時間だったかもしれません。

何故、そんな試練を経験してきたかというと、言葉で人を導けるようになるための訓練期間だったのです。


現場リーダーあるあるですが、部下を教育しようとするけれど、途中で、


あー、もう、自分でやった方が早い。


と、嫌になって教え育てる事を諦めてしまう。

こんな場面はよく見聞きするでしょう。

結局、部下の成長を信じられなくなるのです。

自身が能力あるが故に、出来ない人の気持ちに寄り添えなくなるのです。だから、指導力を高めようとするならば、自分が動くことを前提にしてはいけないのです。


この経験を壮大な規模で実践している人が、日本電産の永守重信会長です。

今まで何人社長を連れてきたでしょうか?外部から社長を引き入れてはうまくいかない、の繰り返しです。


最初は、優秀だと思って人を見つけてきても、時間が経つごとに、部下が頼りなく見え、能力を信じられなくなるのです。こうなる原因は永守会長の未熟さ、エゴが原因なのです。

これは、有能リーダーあるあるなのです。

ですから、有能リーダーはなかなか人を育てられないのです。


永守会長の場合は、自分の中の執着心がうまくいかない原因だと気づいて、それを手放す事が出来た時、世界が変わるのだと思います。


このように、日本社会には、第一線で活躍しながら有能な「指導者」という人があまり存在しないのです。思いつくのは、稲盛和夫さんくらいでしょうか?



私の場合は組織内の部下とかいう関係性ではないので、相手が自分の思い通りに動かないと、



なぜ、ここまでして私はこの人の未来を考えてあげないといけないのか?


と、一人でイラッとして、ストレスが溜まるのです。これが私のエゴです。私はこのエゴと戦う事が課題なのです。何故エゴが出てくるのかというと、まずはシンプルに疲れる、のです。

疲れると感じる理由は様々なのです。その結果、一時的に愛情が湧かなくなるのです。してあげるのが嫌になってくるのです。

なので、指導者というのは、すぐに疲れるような心身状態ではいけないのです。そして常に粘り強く、愛が溢れる状態でないといけないのです。



そして私は、沢山の別れも経験しました。相手が私の厳しさに耐えられず、離れていくという経験です。相手が離れていくというのは、私にとって指導の失敗になるわけです。だから私も一緒に突き落とされることになるのです。



この経験によってネガティブな人の気持ち、出来ない人特有の虚栄心、みたいなものを学ぶ事が出来ました。

言葉では自信満々だけど、心の内側は正反対だったのだな、と学ばされる事もありました。


しかし、相手の心理がわかったところで、優しく寄り添うべきなのか、それでも厳しく突き離すのか?ここが難しい所ですが、リーダーにすると決めたのならば、甘やかしてはいけないのです。壁がどこまで厚いのか、高いのか、現実は見せないといけないと思います。

それで、本人が覚悟できるかどうかなのです。


しかし、現実は私の思い通りにはいかず、虚栄心の強いある人は、デキるフリをし続けたのです。もちろん私の前ではデキるフリはできないので私から離れていきました。


言葉のやり取り〜対話〜会話だけで、人を成長させる事ができるのか?結果を出せるリーダーとして導く事ができるのか?


これが私にやってきた課題です。

40代の経験は練習だったのです。これから本番が始まりそうなのです。


私がいつもこの道を歩いているのは、私にはこの道しか用意されないからです。他の道は歩けないのです。


となると、私も失敗は許されないのです。

人を成長させることが私の成功なのです。

現場リーダーへの執着心を取り除き、「信」で相手と向き合うことが、私の課題なのです。


今週は、私の心の下づくりをしていきます。

さて、どうやって?

とりあえず散歩にでかけます。


今日も良い一日をお過ごし下さい。