ちょっと興味深いことがあった。
ある海外の著名な演奏のライブ配信の動画のチャットに、英語の書き込みの中に、日本語で書き込みが入ってきた。
その日本語が、仲間内だけならよいのですが、公の場であり、英語のチャットが嫌な感じになってきたので、見かねて英語と日本語で、簡単には、国際的な場であるから、英語で書いた方がいいと入れたところ、「英語、できな~い」と。その後、日本語の書き込みは減ったものの、たぶん音大生だろう。日本人以外は、英語や時にフランス語もあったが、それは当然読めるわけで、いくら英語が分からなくても、内輪のやりとりはLINEでやってくれと言いたくなった。
日本の文化特有なのか、自分が内の中に入り込んでいる目線でいる。一方で、内外との区別がある文化では、社会的な場を認識して書き込んでいる。つまり、自分がそのホールにいて、どのような振る舞いをすべきかが分かっていないのだ。
もちろん、ある動画サイトでも、同じアジア圏で日本語以外でも、Please write in English.の連発になることが多々あるが、内と外の認識が日本と同じなんだぁと共有する文化は怖いと感じた。
思うに、「だって英語ができなーい」と公の場で書いているようでは、内と外の区別がある外国語ができないのも当たり前。気が付かないものかなぁ?
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