自分の過去について話をすることにまるで抵抗がない

かなり暗い青春時代ではあると思うけどそこについて黒歴史だ、とか捨て去りたい過去だとか思ったことはないかな

家族にはいつもそういうのは口外するもんじゃない、やめろと散々言われいるんだけど

そういうのを恥ずかしいこと、よからぬこと、自分から言う必要はないとする風潮はある

できることなら細かいことは墓場まで持ってきましょうとする感じ

ただ人生で10年以上もの間を強めの精神疾患に縛られてきた身からするとどうにか人生の一部として説明したいし肯定してやりたい

13歳からの10年以上の時間を丸ごと否定しながら、自分自身隠しながら墓場まで持っていかなければならないのは嫌だな

正直そこまでデカい過去をなかったことにはできないし、このブログは完全に個人の掃きだめと化しているので好き放題書こうと思う


2019年9月24日

 

 

 

 

 

 

 

 








 


大人に可愛がられる愛想のいいガキだった

 

可愛がってくれる大人には誰にでもなついてどこへ行ってもニコニコとその愛想を振りまいていた


大体の大人は可愛がってくれるし母親なんかは特に自分に従順なおれをとても可愛がっていた


姉に関しては何があろうとも誰かに媚びるようなことはしない、スカートをはきたがらない、大人からかわいいと言われればかわいくない!と睨んで否定するような反骨精神むき出しの言うことを聞かないガキだった、でも弟のことは可愛がっていたから強めに当たられた記憶はないんだけど

 

子供たちの間では独自の遊びを考案してみんなに支持を出して遊ぶようなリーダー格だった

 

自分に懐く友達をまるで子分のように可愛がっていた、みんなの前では親分肌でかっこつけていたから友達の前で大人に甘えるのは少し恥ずかしかった、みんなの前でママには甘えられないぜ!的な

 

大人と接すれば可愛がってもらえるし、友達からはみんなの兄貴分としてなつかれる

 

対人関係において困ったことがなかった

 

ただ、幼稚園でも自分のことを少しでも注意してくる先生がいようものなら目も合わせず適当に聞き流して次の遊びのことを考えていた


もちろん怖い大人にそれはしないんだけれど

 

自分がなついてる大好きな先生の前ではニコニコ素直、そうでない先生たちの前では馬鹿にしたような態度をとるようなガキだった

 

当時の自分は大人たちに対してそういった失礼な態度をとっても困ることがなかった、クソガキあとでしっかりと困りやがれ

 

他に行くところはいくらでもあったし、味方はいくらでもいるし

 

弱っている人をみると助けてあげたくなる気質は当時から持っていたけど、基本的には人の顔色うかがって上手くキャラクターを使い分けて得して生きてきたかな

 

小学校後半で強い我が出るまではひたすら好き放題やって楽しいだけの人生、上手くやってた

 

元々精神的な不安要素を種として持っていたんだと思う、ひとたびその種が芽を出し始めるとそれとともに人生は暗闇へまっしぐら、壊れだした13歳から3年前まで11年もの間、厄介な闇がまとわりついた


そのあと24からようやくバイト始めて、2年間かけて少しずつ本当に少しずつ回復して、やっと普通に人と話せるようになってからは簿記とって留学行って就活して、からの今の職場

 

13歳当時の行動はさすがに細かくはかけない、いまおれがそんな人街中で見かけたら通報する、てかそれを13歳の少年がやっていたと思うと恐ろしい

 

親はきつかったと思う、自分の息子があんな風にバグったらどうしていいかわからない普通

 

大体の人が楽しめるであろう学生時代が丸ごと抜けているので青春とは?という感じで過ごしてきた

 

電車に乗れなくなってしまって学校に行きたいのに行けなかった時、駅まで行ってはみるけど今日もダメかぁと肩を落として帰宅するような日々はそれなりにきつかった


お母さん今日もダメだったわ、みたいな

 

私立高だったから2か月も休んでいると留年か辞めるか決めなければならない

 

辞めた

 

それからずっと音楽聴いて過ごしてた

おれのブログはほんっっっとに気が向いたときしか更新されないな。

 

定期更新したいって思ってるだけだよね。

 

文章書くのはマジで好きなんだけどな、なんか興味あることについて文章書けって言われたらずっと書いていられる。

 

えーとね、おれは今やりたいことが頭で渋滞しててそれがコトコト煮えて煮えて、もう煮えすぎて美味しそうなんだから早く食べろ!って感じになってるね。

 

このブログもその一つなんだけどね。

 

おれは何か物事を始める前とかその時の悪い状況から抜け出したい、今を好転させたいって状況の時にまず頭で考え始める。

 

これでもか!ってくらい考えてそのことを脳内で煮て煮て煮てるうちに日が暮れてるなんてことはしょっちゅうあるんでしょうねおれは。

 

久しぶりに会った友達が言ってくれたんだけど”何か本読んで更新したらいいじゃん”と一言。

 

その一言にはいくつものポジティブな意味が込められていて、その一言が今回のブログを書かせてる。

 

でもノリはめっちゃ軽かったからもっとフットワーク軽い感じで書いていいよなって思った。

 

書くことを楽しむことでそれに引っ張られてネタを探し、ネタを太く面白く興味深いものにしたければやっぱり本とか、映画とか、例えば可能なら旅行なんかの経験が一番の素材となる。

 

最初の目的は単にブログのネタ探しだったはずなのに気づいたらそれによって知識や経験が色々広がっている自分が容易に想像できた。

 

友達のその一言でワクワクするようなポジティブな未来が頭に一瞬で広がった。

 

おれは単細胞のバカなんだなって思った。

 

人の言葉一つでかなり深いところまで妄想を広げて救われたり殺されたり輝いたり濁ったり進んだり止まったり。

 

色々忙しいんですわ。

 

思い立ったらすぐやってしまう、何事も。

 

よく言えば行動力がある人で、悪く言えば単に我慢ができないだけ。

 

なにかきっかけを掴みにいく時の自分は自覚がないけど敏感なアンテナが張ってあってどんどん進んでいく。(止まったら一ミリも動けないタイプ)

 

思えばこのブログも突発的に始めて最初の頃の記事は感情だけで一気に書ききった。

 

当時の熱量がよく表れていますね。新しい世界に触れてワクワクしていた時のおれ。

 

常にわくわくしていたい。

 

というよりそうでないとエネルギーが一瞬で収束してしまう人だよねおれ。

 

文章に関して少し考えていた。

 

本とは無縁の人生をたどってきたおれがなぜこんなにも文章で、言葉でみんなに発信したいのか。

 

なんでこんなにも言葉の力を信じているのか。

 

言葉に救われて言葉に殺されてきた、でもそれは本ではない何か。

 

答えは明確で漫画と映画と詞。



おれのバックボーンはほぼこの3つで構成されている。

 

印象的なシーンの印象的なセリフははっきり頭にこびり付いていて、俺の人生の指針となっていたり未だに心を震わせる記憶として残っている。

 

小学校3年くらいまでのおれは強めの洋画オタクで有名な映画を手あたり次第見てはその世界に一人でどっぷり浸かっていた。

 

そのあと学生時代は漫画と音楽に切り替わった。

 

言葉ってやつはすごい。

 

使い方ひとつで凶器になって人を傷つけたり、陥れたり、何も見えなくさせたりする。

 

はたまた人生の指標となってその人を救ったり、癒したり、その人の考え方や世界観を丸ごと変えてしまったり何かを始めさせたりする。

 

言葉には力があって、暴力や圧力、権力では動かせない人の心を動かしてしまう。

 

力で誰かを納得させることはできない。


そんなのは形だけ


人の心を動かすのはいつも言葉、感情のこもった言葉。






 

記事がつまらない!だから!画像どーしよー。












本当にここ最近の話なんだけど節目節目で墓参りに行く意識が芽生えた。

それこそ留学に発つ直前に父の実家である河口湖に一人でレンタカー借りて行った。(レンタル代とガソリン代と高速代で1万8000円が飛び、なおかつ一人で往復運転のキツさを学んだ)

留学にいくことを知らせに手を合わせに行ったけど墓に着いた時にちょうど雨が降り出して線香もなにもあったもんじゃなかった。

留学行ってきます!くらいの短い挨拶で線香も立てたかどうか覚えていないけどしっかりした墓参りはできなかった。

それでも時間をつかってわざわざ会いにいくことにしっかり意味があるんだわ〜ニヤリって言い聞かせてその場を後に。

帰国後は墓参りに行くまでにだいぶ時間がかかってしまったけど、今度は母の方の祖母のところへ。

今朝思い立って早速電車で行ってきた。




灼熱の中蜘蛛の巣だらけの暮石を簡単に拭いた。(親はよく来ているはずだけど夏だからか蜘蛛の巣が元気に張り巡らされてた)

暮石を拭きながら
ばあちゃん会いにきたよーとかあなたの娘はちゃんと生きてるよーとか花を添えた後に写真を撮ったりとか。

おばあちゃんっていたことないけどいたらこんな感じで接するんだろうなって想像しながら5分くらい。

Tシャツが絞れるくらいになった後にようやく最後の線香、と母から託されたチャッカマンの火を点けようとした。

点かない。

液体がのこっているようだったからカチカチしまくったけど25回に1回くらいしか点火せず使い物にならなかった。

周囲を見回すと点火台が、中のロウソクに火が残っていたのでこれだ!と思い線香を近づける、火が消えた。

くっそーと思いながらも墓園の事務所まで戻るのは面倒くさい。

そこにはまだマッチという原始的な最終兵器が残っていたので使ってみることに。

8本くらい擦って全て風に消えたため諦める。

再度周りを見回すと一人だけ墓参りにきてる人を発見。

恐る恐るチャッカマンやライターを持ってないか聞いてみたけど持ってないとの反応。(線香に火がついてるけど何でつけたのだろうか)

もう諦めるしかなかったので事務所に向かうはめに。

貸してくれたやつがその場で点かなかったため他の物に変えてもらいしっかり点くものをゲット。

おばあちゃんのところへ戻る(事務所を
往復するのに両手に線香の束をしっかり握りしめ、持って移動してたあたり暑さで頭がやられていたかもしれない、チャッカマン持ちづらかった)

事務所では元気に点火したチャッカマンが暮石の前でいきなり静まり返る。

終わった。もう手がない…チーン

そう諦めかけていたその時警備員の方がいたので声をかけたらなんとライターを託してくれた。

救世主だ…

ライターだけでは大量の線香に火を点けることは不可能だと悟り、数本だけ付けて苦し紛れでなとか点火。

点火したぁぁぁーーー。線香を立て
あぁ、やっと終わった照れと安心しその場を後にする。

バスに乗り込んだ

あ、手合わしてねぇ。

完。

えーとですね、いまこの記事を書き始めてる段階では何を書くかはまだ決まってないです。


今床屋で髪切ってて時間ができたんで久々になんか更新したいと思ったんだけどアメブロ開いても何も浮かんでこない。

浮かばないからそのまま正直に今の状態を実況してるところ。

状態がいい時は書き始めれば止まることなくなんか色々降りてきます。

今はパッタリっす。

んで時々美容師さんと話しながら何か書きたいと思ってるところです。

音楽との出会いとか、考えたけどクッソ長くなりそうだきっと書いてる方が疲れる。

自分でも気づいてるけどおれは100か0かの人間です。

振り切れて。

例えば友達とか人間関係でも軽いノリで付き合うことができない。

友達ならみんな親友!みたいな

いやいやダルいダルい、自分で書いてても思うもん。

全然仲良くないか親友か。

よくないねー、これはね、ほんとに仲良い人にはとても効果的だしとても絆が深まります。

しかしおれはどうやらそうでない人にも全力で対応しちゃってるようです。

てか人間関係だけじゃないよ、全てに対してそうですおれは。

バイトで接客しててもそう、音楽聴いててもそう、映画観ててもそう。

手が抜けない。てかそれ以外手につかない。

だから音楽聴くだけなのにまるでいる世界が変わったかのように没入する。

感情移入がガチすぎて音楽や映画への心の動き方が異常だと思います。

感化されやすい、聴き終わったらブタの貯金箱破壊してそのままの足でギター買いに行く少年のようだ。

何か作品から受け取る印象は細かいところばかりが目につく。

適当にやり過ごさないといけないような状況では全力すぎて厚かましい。



いや、てかなんだこれ、自分で書いててめっちゃ自己分析してるやんわかってんなら直せや、

って思った。

そう思ったから話題変えます。

なんか、爺さんの話聞きたい。

戦争とかこなしてきた爺さん。

子供としてその時代を過ごしたとかじゃなくて、もう実際戦地で戦った人とか。

2年前の4月に沖縄に行った時には平和祈念公園とか旧海軍の司令部壕とかまわった。

散々他の国の国土を地上戦のバトルフィールドにして利用してきた挙句日本の国土では最後の最後で沖縄だけ。

しっかり民間人が巻き込まれたわけだけど最後の方は軍部からはほぼ放置状態。

まー完全な負け戦。

負けるかどうかさえわかってなかったんじゃないかな。




あー地上戦で言うならめっちゃ行きたいところひとつある。

バンザイクリフ。

サイパンの戦争遺跡の観光地だけど今一番行きたい。

沖縄みたいに祈念公園になってるからみやすいだろうし。

崖まで追い詰められた日本兵がみんな投降に応じず、"天皇陛下!バンザーイ!"って言いながら次々と崖に身を投じていった悲劇の崖。

だからバンザイクリフ。

人数も相当だったから海が血で真っ赤に染まったそう。

身を投じる時、最後の最後で脳裏に思い浮かべたのは天皇陛下じゃないはず。

親?家族?恋人?

きっと大切な誰か。

僕らは復興しましたとさ。

いつかひとり旅で。

Bye🤟🏻
やっぱりこうなりたい、とかこうあれたらいいなぁって思う。

条件とかお金とか色んなものを取っ払って自分のやりたい、だけで成功して生きている人もいる。

でもほとんどの人がそんな振り切れた生き方はできなくて、やりたいけどできないことでこの世は溢れかえってる。

甲本ヒロトのような、尾崎豊のような、ピストルズのジョニーロットンのような、スティーブジョブズのような、マララユスフザイのような、はっきりNoとYesをつきつけられるような人になりたい。

誰かに何か批判的なことを言われそうだから、失礼になりそうだからやめておこう、ではなくて誰になにを言われても私は発言をやめません、というようなスタンスに常に憧れを抱いている。

成功なんてしてなくても、その考え方が好きだった。

その人たちだって成功したからその後その考えた方に切り替えたわけじゃなくて、その考えで自分を信じてやってきたら陽の目を浴びた人たちなんです。

誰に対しても常に誠実でありたい。
分け隔てなく優しくありたい。
落ち込んでる人がいたらバカなこと言って笑わせてあげたい。

強くありたい。
誰かに批判されてもビクともしないような、一人でも物事がしっかり楽しめるような、例え友達がいなくても焦らずにいられるような、決めた目標をしっかりやり遂げられるような。

順番は誰かと付き合いたいからまだ出会ってない誰かを探し始めるのではなく、そこにすでにいる人で付き合いたいと思えば頑張るだけ。へのへのもへじを探してもしょうがない。

自信を持つこと。
例えそれがただの勘違いだったとしても"おれはお前らとは違う"って強く思っていないと人と違うことはできない。

騒いでるだけで友達の中でしか自分の価値が見出せないだけのモンキー達と一緒にするなよ、って常に思ってた。

いくらノリが良くてカッコよくて周りに人がたかっていようとも、遊んでいるだけかもしれない。

教室の隅で一人で面白そうな本を読んでいる人の方がどれだけ興味深いか。

今後の展望も未来も何にも持ってなかったような時代からなぜかその意志だけは異常に強くて、意外とそれが支えだったりした。

今より10kg太っていたかもしれない、ただの丸刈りだったかもしれない、ニキビが顔全体を覆っていたかもしれない、自信のなさが挙動にでていたかもしれない。

誰も相手にしてくれなかった。

それでも自分の中には太い一本の幹のようななにかが常にデカく居座っていて、どんなに厚かましくウザがられようともその考え方だけは迷わず当たり前のように続けてこれた。

その時の自分にしっかり優しく接してくれた人たちは本物。

欠点だらけだったおれに優しくしても何の見返りもなかったはずなのに。

おれもそうありたい。

次はおれの番だ。

そうなる。