先日誕生日を迎え34と化した


ここ一、二年、自分は昔よく年上の大人たちが口にしていた “30代からやってくる体の衰え” みたいなものを一つ一つを順当にクリアしていってる


そんな運動後に一日空けてやってくる筋肉痛や肌の衰えなど絶対に他人が気にならない程度の年齢の衰えを感じながらもいわゆる世間一般的な、30代の多くがそう過ごすであろう一般的な社会生活をこなす大人になってしまった


ちょうど10年前アルバイトで社会復帰し始めた時の自分はゴリゴリに対人恐怖症を抱えたままで、同世代の健全な若者たちに対する強い憧れや羨望を抱えたまま大量の不安とニートを卒業したいというほんの少しの淡い期待を抱いたまま働き始めてた


バイトに週三日通えるだけでその充実感は凄まじく、日々少しづつ人が怖く無くなっていくフェーズなんかは本当に目をキラキラと輝かせていた


いつかは彼女ってやつも欲しいな、オラ手を繋いでみてえ、みたいな


あと一人暮らしや勉強もしてみてえ、おら自分の稼いだ金で誰かにご飯ご馳走してみてえんだ!的な



いやこれ大袈裟じゃなくまじでそこからスタートしてるんだけれど、その当時はとにかく一般的な社会生活が少しずつこなせるようになっていく日々が楽しくて楽しくて、もうそれだけでお腹いっぱいで幸せだった


地の底を突き抜けて更にその下まで落ち込んだ自己肯定感もその活動ステージに応じて上昇していった


ただその頃から周りがやっていないような突飛なことをするのは好きだったけど


27で就職して一般的な社会生活、いわゆる会社員としてその与えられた業務に一生懸命従事することや自分自身で生活をしていくことが板についてから数年、突然思い立ったかのように会社辞めてワーホリで2年、帰国してまた会社員に戻って同じ生活を2年弱、そんな感じで何周かした上で34と化した現在、バイト始めた頃のような一般的な社会生活に対する憧れは当然消え普通に生活をしている自分がいる


結婚とかそういうのはまた別の話だけれど、自分の人生における最大の正解は昔のまま、少なくとも自分の周りの人間は誰もやっていないことをする。突飛であればあるほどワクワクするしモチベーションが上がる、それを燃料に稼働することが理想なんだけれどそれはすなわち実行すればするほど社会から逸脱していくということでもある


変人を強く望んでいる、にも関わらず会社員として日々アリさんのように真面目に働き今のところ突き抜けた変人にはなれていない


現実問題、今現在の自分は一般企業で働くことが大正解だ、だし誤解しないでいただきたいのはいつまでもピーターパンとして夢みがちな独身おじさんでいるつもりもないしそこには必ず安定した生活基盤が必要であり、それを超えて何か突飛なことをするつもりは毛頭ない


絶対にない


ただそれと同時に今感じている “普通” を続けるつもりも毛頭ない


-


二兎を追うこと。


-







すると気付かぬうちに所属する環境に影響を受け行動や思考がそこに寄ってい、とか思ったんだけど自分でこれ書きながら途中でそれは嘘だなって思いました、思ったんで訂正します。


所属しても自分個人の思考が寄ることはないけど、求められることを一生懸命頑張ると結果仕事に関する意識的な行動は一般社会に寄ってしまうことになる


面白いか面白くないかでいうと面白くない、全てのケースではないんだろうけど安定的で一般的な社会生活 vs 突飛で不安定、それでもワクワクするような独自世界はきっと初めの頃は完全にトレードオフで、どちらか片方を先に失うつもりでいないと最終的には得られる可能性のあるその二兎を追えないという答えに辿り着く


数々の精神疾患を巧みに使いこなしニートととして睡眠と散歩を担当しながら社会復帰を望んでいた自分


社会復帰してから徐々に一般的な都内在住会社員男性に近づき最早辿りつきそれから暫く経った自分


喉から手が出るほど渇望していた自分は手に入ってしまった


また突然ワーホリに行くようなことはしない、あれは30代ラストチャンスの目標として失うものがない自分の取るべき選択だった


目標があったのだけれどとはいえ突然フリーター化してオーストラリアで職場を半年ごとには転々


今は、現在の生活を大きく失わないまま新しいことを開拓していくフェーズだ


数年単位で金を貯めて数百万単位で自分に投資をしなければ


-


どこかへ行きたい


-


20代のような挑戦の仕方はできないけれど、30代なら30代なりの挑戦方法があるのは間違えない


マンネリは許さない、ここに関しては例え爺さんと呼ばれる年齢になっても真剣に向き合っていたい


ずっと楽しい人生、ずっと楽しい毎日は無理でもそっちならいけると思っている、少し長期的にみたときに楽しくいることはできる


新しい景色や世界を手に入れるための努力が少しづつ実り始め、実際にその望んでいた世界に徐々に入り込んでいくフェーズは生きる醍醐味ではないかと思う


社会復帰し始めた頃のキラキラしていた自分が一番よく知っている感覚、週に数回のアルバイト、彼女もできたことない、健康な高卒として元気に働く25歳のアルバイターワタナベが、今より全然何も持っていなかった頃の自分が感じた幸福度は異様だった


そしてその幸福度が今現在何をどれだけ持っているかという事実には全く関与せず発生するというのがまた面白い


望んでいたステージに時間をかけて上がっていく幸せは、上がった事実だけが起こしてくれるわけでその出発ステージを問わないという


その事実が自分に “どこかへ行きたい”と強く思わせてくれる起爆剤になっている


将来的に辿り着きたい場所へ向かうための日々を34になった自分がまた改めて言語化することによってその気持ちを再確認し、年齢とともに変化していく体とは裏腹にギアチェンジしていくためのおっぱい


間違えた


決意。