人との会話が苦痛になり始めたのは15歳。それから10年間は厄介な対人恐怖症が付き纏った
高校を辞めた17歳からの3年間はそれをなんとか克服できないものかと躍起になってコンビニのバイトとか始めてみたり、全然続かなかったね
最後の最後でまさか人がダメになるとは、話出したら止まらないお喋り少年だったけどその間は人格が変わったかのように静かな大仏になった
そんな中地元の友達がいてくれたことは大きかった、一般社会が遠く感じたあの頃のおれが少しでも若者らしく楽しく遊んだりできたのは彼らがいたから
それがなかったら正真正銘の孤独に陥ってたと思う
もちろん家族や親戚の支えがあったのは大前提として
誘ったら会える友達がいること、誘ってくれる友達がいること、しかもそれが発症する前から楽しく過ごしてきた幼稚園や小学校の頃から幼なじみだったこと、今でもたまに会うけど子供の頃からの友達ってのはなんでこうも素でいられるんだって思うよね、必要な存在だと思う
この記事のその3でも書いたんだけどもちろん地元の友達に対しても会話における困難はあった、説明が難しいけれどその時の感覚は前回の記事読んでみてください
半分は諦めてた、当時もう既に改善がないまま9年、24になっていて見て見ぬ振りもできなくなってきてた
長い間何もできずに大人になってしまった、高校を辞めた17歳がそのまま大人になってしまったかのような
高校を辞めてからはただ同世代の普通なれることに憧れ続けた
不安を纏っていた
俺はもうダメかもしれない
一度重い精神疾患を患ったら一生治らないのかもしれない
多くは望まない、せめてコンビニのアルバイトくらいはできるようになりたい
大学って勉強とかサークルとか楽しそうだ、バイトもそうだ
みんな恋愛とか就職とかたくさん悩んでいる、いいなぁ
気の遠くなるような長い時間を散歩と睡眠に費やしてきた
歳と共に憧れが鋭くなっていく中40代や50代まで克服できない姿がチラつく
めちゃくちゃ怖かった
今日会った人はおじさんだったけれど今克服に向けてしっかり頑張っていたなぁ。とか
実際にその年齢まで悩んでいる人たちはたくさんいて、逆良くなった人の話を聞いたことがなかった
おれ人生どうしよ、ってかどうなんのかな
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2016年9月に接客のアルバイトを始めた
諦めかけていたわけだから当然自分の意思ではなかったんだけど
心配してくれてる親戚のお姉さんがいた
何かに怯えるように静かにしてるおれをいつも気にかけてくれてその人が働いていたお店に誘ってくれた
あーどうやって断ろう、めっちゃしっかり考えてくれてるなぁ、ありがたいけどお客さんとしてコンビニで会計するのも一呼吸置くのに
専門店で接客なんてなぁ
辛かったら辞めてもいいと言ってくれてるし、その人を立てると言う意味でも面接くらいは…後はなんかミラクルが起きてくれたら…辞めてもいいなら、それならね
面接には失礼がないように白いシャツを着て行った
その後のことなんて一mmも考えてなかったね本当に
10分前は早すぎる、きっちり五分前に着くようにデパート内をうろうろしながら調節してビクビクしながら丁寧すぎるくらいの態度でレジの人に声をかけた、24の夏。
続く。






