無題 | ぼたんのひとりごと

ぼたんのひとりごと

マイケル・ジャクソンについて語る

 ベリーと親しかったものの、私はマイケル・ジャクソンともよく逢っていた。彼は特別な人間だった。私が知っているマイケルは、いつもまともな見方をし、やさしくて思いやりのある人で、他人の、特に子供たちの力になってあげることで世界に変化をもたらそうとする人間だ。動物や自然を愛し、望むものが何であれ、前向きな姿勢でいれば何でも手に入ることができると信じている。彼はそんな人物である。

中略

はじめて会ったとき、マイケルは11才だった。彼には芸術的な、私と似た資質があった。二人でよく油絵具を買いに行き、イーゼルを持って外出して絵を描いていたのを思い出す。いっしょにいるのが本当に楽しい相手だった。幼いころの彼と過ごしたのは嬉しいが、最近は会う時間があまりなくて、彼をもっと知ることができない。残念だ。出世するということは、人と人を遠ざける。しかし、いっしょにいようが離れていようが、彼を大事に思う気持ちに変わりはない。一時期、近しい間柄でいたこと、彼が私を好きでいてくれることはうれしい。彼をいとおしく思う気持ちは貴重だし、私たちの友情はこれからも大切なものであり続けるだろう。


 ↑ダイアナ・ロス 自伝より引用 1995年10月20日 東亜音楽社 日本語版 (1993年アメリカ版を翻訳)







僕は、おかしいと思ったときには はっきりとそう言わないと気がすまない人間です。多くの人は僕のことを、逞しかったり、強い意志を持っているとは考えていないようですが、それは、僕を知らないだけなのです。モータウンとの関係は、すでに悲惨でどうしようもないところまできていました。けれど、兄さんたちは何も言いませんでした。父さんも何も言いませんでした。ですから、ベリー・ゴーディーと話し合いの場を作り、直談判するのは、僕の役目になったわけです。ジャクソン5は、モータウンを離れるつもりだ、と言わなければならなかったのは、この僕でした。
彼には、一対一で会いに行ったのですが、それは、僕が今までにしてきたことの中でも一番ヘビーなことの一つでした。もし、僕ひとりが不幸せだったのだとしたら、僕は口をつぐんでいたかも知れません。しかし、家では何度も、僕ら全員がどんなに不幸かということが話題にのぼっていました。だからこそ僕はゴーディーと話をし、僕らが感じていることを訴えるためにモータウンに乗り込んだのです。


↑マイケルジャクソンの自伝より引用 河出書房新社 2009年11月30日 再販












ここに、マイケルの素顔や人となりは存分に綴られているものの、アーティストとしての偉大性を深く理解するには、さらに行間を読み取る努力が必要かもしれない。

中略

作曲、歌、プロデュース、演技、演出と多岐にわたって能力を発揮してきたマイケルだが、実は、思慮深さも兼ね備えていた。自分の身を守るために、キャラクターを作り上げて演じてきたこともある。ステージの自分と、普段の自分、あるいは会議中、契約中、企画中、プロモーション中など各々のシーンに合わせたキャラクターを作り出し、演じていたマイケル。そんな彼は輝かしい?その通り。天才?まさにその通りだと思う。すべては自分の考えでやってきたこと。
そんな性格は、どこか矛盾しているように見えたかもしれない。だが根本は透き通るほどピュアで、誰からも愛される人だった。

↑マイケル・ジャクソン自伝より、ベリー・ゴーディーの新版への前書きより引用







その頃、私はマイケルの中にある二つの人間的側面が気に入っていました。たとえばユル・ブリナー(まま)とか、やはり、プライベートでは同じように優しいしゃべり方をするマーロン・ブランドなどと一緒にいる時、マイケルはたいへん大人になります。ところがいったん甥や姪と遊ぶとなると子供に逆戻り。床を転げ回り、一緒になってはしゃぐのです。『E・T』の監督スティーブン・スピルバーグのマイケル評がいちばん的を得ているでしょう。「マイケルは自分の人生をコントロールすることができる最後の純粋無垢な人間の一人だ。彼のような人にこれまでぼくは会ったことがない」


↑邦題「マイケル・ジャクソンの秘密」 リム出版 1991年11月24日 初版 キャサリンママ著