・・・はたと困じ果ててまたはじめの旅亭に還り戸を叩きながら知らぬ旅路に行きくれたる一人旅の悲しさこれより熱海までなお三里ありといえばこよいは得行かじあわれ軒の下なりとも一夜の情を垂れ給えといえども答なし。半ばおろしたる蔀の上より覗けば四、五人の男女炉を囲みて余念なく玉蜀黍(とうもろこし)の実をもぎいしが夫婦と思しき二人互いにささやきあいたる後こなたに向いて旅の人はいり給え一夜の宿はかし申すべけれども参らすべきものとてはなしという。そは覚期の前なり。喰い残りの麦飯なりとも一椀を恵み給わばうれしかるべしとて肩の荷物を卸せば十二、三の小娘来りて洗足を参らすべきまでもなし。この風呂に入り給えと勧められてそのまま湯あみすれば小娘はかいがいしく玉蜀黍の殻を抱え来りて風呂にくべなどするさまひなびたるものから中々におかし。

   唐 き び の か ら で た く 湯 や 山 の 宿 ・・・

                       (正岡子規 『旅の旅の旅』より)

 

私ならば、たとえば、

 ・・・夕陽かかりて、今宵の宿借らんと思へど、何処にも叶はず。やうやく山中が一軒、いとあやしき民家に膝を入れらる。十歳余りなる小娘、我れにも湯あみを勧めて、且つは自ら風呂にくべす。

   唐 き び の か ら で も て な す 湯 の 匂 ひ ・・・

とでもするだろうか。