近代明治に転入して、和歌や俳諧を西洋の詩と同列の、何も遜色のない詩歌に昇格したがったのでしょうか?おそらくそういう心持もあったのだと思われます。

 

しかしそんな事する必要もない。俳諧は西洋文芸に接近することは出来ません。別に近代・現代「芸術」などと呼ばれなくともよい。

 

そのような活動や運動をするから、俳諧が益々詰らなくなったのです。

 

    灰 捨 て 白 梅 う る む 垣 根 か な         凡 兆

 

此句は、家人が日毎、老梅の根元に灰を捨てて肥しとし、次第に白梅が潤んでツヤが出てきたことに十分満足をしてこれを眺めている、という意でまず間違いないと思われます。

 

ところが、今のは、根元に灰をぶちまけ捨てると、それが舞い上がってけぶった白梅が潤んだようにみえる、という一瞬間を切り取ったもの、という解が大勢です。

 

こう解釈するほうが、「感覚的」・「印象的」で、現代の詩歌標準として相応しいものと看做すからでしょう。

 

が、この句意は違います。

 

 

  旅 せ む と 思 へ ど ね む し 春 の 雨     凡 人

 

 

     門 前 の 小 家 も あ そ ぶ 冬 至 哉                                 凡   兆(猿 蓑・韻 塞)

 

周知の如く、冬至は一年のうちで一番昼の短い日にあって、今の暦では十二月二十二日頃に当りますが、冬至から寒の入に向けて益々寒く成る。昔時、この日は労働を休む習いが存したそうです。

 

此句、子規の『俳諧大要』によると、「・・・・・一句のしまりてたるみ無き処名人の作たるに相違無く将た冬至の句としては上乗の部に入る可し澹泊に何気なく言ひ出したる処却て冬至の趣ありて味ひあり」とあります。今も大方は、この子規の評に従っていることは容易に知られます。

 

元禄蕉門の一人である凡兆という作家は、明治子規一派が大変な関心を示しまして、自らの新俳句の亀鑑として貴んだ一人であります。

 

蕪村と同前、ひねりや主観を交えず、ごく客観的に天然・人事等の事実のみを詠むこと徹した、つまり子規の唱道した「写生」という表現法によく付いていると看做したためであります。

 

此一句でありますが、「冬至」(冬の季語)の何気なき一場面をあっさりと客観描写しておる佳句、という単純な見方でよいものか?

 

『門前』とは、ここでは禅寺のことでしょう。今も禅門は殊に厳しい修行で知られていますが、その厳格な気分気配そのものが、日々、門前にある小家らにも染まり感化されて同様に何かに打たれたように森閑としている。

さて冬至ともなれば、この日は禅寺もまた和やかに寛いでいて、談笑の声などもし、随分と弛緩している。小家らも、どうしてだか、みな弛んで遊んでいるのだ、という滑稽の一句でしょう。実に面白し。

 

近現代の人は、「俳諧」というものが全然分かっていない。

 

 

連句も当然俳句とともに発達すべきものでしたが、子規が連句は文学ではないというので顧みられなかったので・・・・・。

一貫した意味がないということと、一人の作でないという事などからでしょう。しかし連句でなければいえないものもありますからね。遅蒔きながら遣って行けば元禄頃とは違った今日の連句がまた出来て来るだろうと思うのです。・・・・・

 

                        (『俳 談』高浜虚子著より)

 

                    ※

 

虚子は子規と違って連句肯定論者だったようです。ただこうは云われているものの、現代俳句の表現法で連句を巻いても、多分不出来になるばかりでしょうね。

 

連句は印象鮮明にいうてはならない、もっと曖昧にいわなければならない。俤に付けて行く。また俳諧性(俳意・俳味)がなければ面白くない。だから蕉門と同じ近世俳諧でも、写生的且つは高踏な蕪村らの連句は不振でした。

 

俳諧(の連歌)を遣るならば、近現代俳句や現代連句に目を塞ぎ、耳を塞がなければならない、近世俳諧から見やると、皆自由に勝手なことばかりいうて、ある意味、無茶苦茶で、これらのどこが面白いのか知りません。

 

 

  板 壁 に 老 い つ か れ た り 花 と 松          凡  人

 

     幼きとき、師走が里に大雪積む

  こ の 暮 や 雪 舟 に め で た き 引 き 来 た り    仝

 

  布 団 か ら 足 も 出 し て や 夜 は 朧          仝

 

 

    添 へ ば 添 ふ ほ ど こ く め ん な 顔        園 風

  形 な き 絵 を 習 ひ た る 会 津 盆         嵐 蘭

 

『こくめん』は克明の転訛、何でも白黒はっきりさせないと気の済まぬ性質が御顔によく出てるもの。付句は会津盆にはよく知りかねる模様が描かれているが、平日そんな趣味に熱中している。「又この男らしくもない」。これは可笑しい。

 

  大 胆 に お も ひ く づ れ ぬ 恋 を し て                            半 残

    身 は ぬ れ 紙 の 取 所 な き                                           土 芳

 

一途にもの思いすると、我が身も心もふにゃふにゃだ、とでも云いましょうか。

 

  は つ 雁 に 乗 懸(のりかけ)下 地 敷 て 見 る              野 坡

    露 を 相 手 に 居 合 ひ と ぬ き                                     芭 蕉

 

『乗懸』は駄賃馬、これは剣術修行の旅立つ朝のことでしょう。

 

  苔 な が ら 花 に 並 ぶ る 手 水 鉢                                       芭 蕉

    ひ と り 直 り し 今 朝 の 腹 立 ち                                  去 来

  い ち ど き に 二 日 の 物 を 喰 て 置 き                             凡 兆

 

庭いじりの趣味人が自宅の庭を眺めていると、今朝の不機嫌ぶりも自ずから直って来た。そう云えば朝から何も喰うてない。『ひとり直りし』は「ひとりでに」でしょう。『腹立ち』という言葉から、極端な気分屋を思うたもの。

 

  秋 風 の 船 を こ は が る 浪 の 音                                        曲 水

    雁 ゆ く か た や 白 子 若 松                                             芭 蕉

 

雁が飛んで行く方角は、あの美しい白砂青松の陸地。直ぐに飛んで着ける雁が羨ましい。貫之の『土佐日記』が頭にあったか。

 

 

 

 

  昼 ね ふ る 青 鷺(あをさぎ)の 身 の た ふ と さ よ     芭 蕉

    し よ ろ /\ 水 に 藺(ゐ)の そ よ ぐ ら ん       凡 兆

 

岩波の『新日本古典文学大系』の解説には、

 

「昼間から無心に眠る青鷺こそ徹底大悟の姿の意」

「根もとをちょろちょろ流れる水に藺草が細かにそよいでいるさま。青鷺の下り立つ水辺の景」

 

とありまして、これに多少のネタ元や用語説明を加えております。大方はこの類いでしょう。

 

前句は『雨のやどりの無常迅速 野 水』でありまして、これに芭蕉が「世の中は常に定まらず流行して行くものだ、という。そんなことに繁忙してあくせくするよりも、あの青鷺を見よ、心の平安に満足をして昼間っから寝ているではないか。」

 

これに応じて、凡兆は、「もっともです。あたりは藺草が水の流れで微かにそよぐばかりで、外は何の動きも物音もありません。まことに閑寂そのものです。」と読み取るべきだと思うのですが、と同時に、彼ら俳諧師の価値観というものが言外にみえてきます。

 

これに去来が、

 

   糸 ざ く ら 腹 い つ ぱ い に 咲 き に け り         去 来

 

でありますから、「枝垂桜も十分満足げに咲き誇ってます。風流に生きる我々に応じているようではありませんか。」と、私などは読むものです。

 

 

 

俳諧はその一句だけを摘出してみても面白さはない、というよりもむしろ、一句のみで面白しというのを避けるべきなのでしょう。

 

前句と合わせみて初めて滑稽味があるというのが本当ではないでしょうか。

 

発句は別にして、後の付合に使用する平句付句の類いの一句一句のみは詰らなくてもよい、否、ひょっとすると詰らないほうがいいのかも知れません。

 

これこそが正しく「共同文芸」です。

 

  発 心 の お こ り は 桜 の つ ぼ む 時        去 来

    能 登 の 七 尾 の 冬 は 住 み 憂 き        凡 兆

 

多くの評釈書は、これだけの付合に随分と高尚な筆を加えておりますが、

 

「桜花が蕾を持って、これから浮世も華やいでくるのを余所に、俄かに自分は出家遁世の心が起ったのである。さて都から遠く離れた北國の或御寺にやってきたが、ここの冬は寒すぎてとても堪えられない、ああ此処は止めとけばよかった。」とばかりで好いでしょう。俳諧性の無い人の解釈はその本質を理解していない。

 

ただ一句一句のみは殊に面白いものでもありませぬ。

※ 明白に付き過ぎてもいけないが、前句とは付かなければならない。初見はなぜ付いているのか分りかねました。

 

  な に 故 ぞ 粥 す す る に も 涙 ぐ み        去 来

    御 留 守 と な れ ば 広 き 板 敷          凡 兆

 

一人留守番を任された奉公人が、平素の忙しさで紛れていたが、ふと国の家族の事を思い出した。「広き板敷」は多くの使用人で一杯で、狭く思うていた板敷が、一人っきりになると、ガランとしてこんなに広いものか。

 

  御 頭(おかしら)へ 菊 も ら は る る 迷 惑 さ     野 坡

    娘 を 堅 う 人 に あ は せ ぬ            芭 蕉

 

御頭が娘に会わせろと願ってきた。自分の息子の嫁にでも、とばかりに。そこで自慢丹精の菊花を、御頭へ差し上げてようやく何とか誤魔化した、という付合でしょう。

 

  終 宵(よもすがら)尼 の 持 病 を 押 へ け る      野 坡

    こ ん に や く ば か り 残 る 名 月        芭 蕉

 

或尼には癪?の持病があって、平日養生のため、こんにゃくや豆腐など精進料理を好んでいたが、つい月見のとき、日頃食べ慣れぬ御馳走をたらふく喰うた。そのせいで持病に苦しんだ、という芭蕉の付句でしょう。この解読は実に難しかった。

 

  追 ひ た て て 早 き 御 馬 の 刀 持          去 来

    丁 稚 が 荷 ふ 水 こ ぼ し た り          凡 兆

 

刀持が「どけどけ」と、道路脇へ追いやろうとするが、水を荷うた丁稚は急に避けられない。前句「全体」をよく付けております。

 

    上(かみ)の た よ り に あ が る 米 の 値                    芭 蕉

  宵 の 内 ぱ ら ぱ ら と せ し 月 の 雲                                    仝

 

米所である大坂から、今年は米高値の知らせに喜ぶが、今宵、月見をしていると雨がぱらぱらと降って雲行きが怪しい。秋季は台風の気候、無事に収穫出来るか不安だ。

 

 

俳諧は滑稽が生命であります。とともに、必ず前句とは何らか付いています。

 

  初 午 に 女 房 の 親 子 ふ る ま う て       芭 蕉

    又 こ の 春 も 済 ま ぬ 牢 人           野 坡

 

例えば『連句への招待』乾裕幸・白石悌三著の解説に、

 

「春。開運祈願の『初午』に寄せて、世相の明暗を対照させた向付(むかいづけ)。前句はささやかながら満ち足りた小市民生活の一環、付句は同じ長屋あたりに住む失意の浪人。世間の春をよそに、今年もまた仕官の道が開けなかったの意。」

 

とみえますが、二月初めの午の縁日に、女房の親子に御馳走をふるまったのでしょう。それは仕官先が決まらなくて、女房の親戚の機嫌を取るものでありましたが、結局この春も又仕官の道が開けなかった、という滑稽でありましょう。同じ人物の事で「向付」ではないと思われます。また、

 

    僧 や や 寒 く 寺 へ 帰 る か              凡 兆

  猿 引 の 猿 と 世 を 経 る 秋 の 月         芭 蕉

 

托鉢が思うように集まらなかったと暗示する句に、猿引きの人を出したのでありますから、「向付」には違いないのですが、猿引きの稼ぎがままならなくて、寺の境内で猿とともに、ぼんやりと秋月を眺めていたというのでしょう。つまり其々何らかの一物語、一場面になっているはずだと私は思うのですが・・・・・。

 

  片 隅 に 虫 歯 か か え て 暮 の 月         乙 州

    二 階 の 客 は た た れ た る あ き          芭 蕉

 

秋の行楽期間も終わって旅宿もひまになり、忙しさに紛れて気にならなかった虫歯の痛みが再び障るようになった、という意でしょう。また付句にわざわざ『二階』とあるのは、おそらく月見をするのに向きのよい部屋という旅人らの評判だったのではないか?とも推量しております。

俳諧(連句)の解説書を幾つか読みましたが、あまり実践には最適していない。先ず正しい解釈を求めるべきでしょう。

 

  ま い ら 戸 に 蔦 這 ひ か ゝ る 宵 の 月      芭 蕉

 

『まいら戸』は邸宅や寺院などの玄関に多く用いる。この前句が『たぬきをおどす篠張の弓』であるから、人里離れた山中の寺院をいうたのでしょう。僧も絶えて後継もいない。

 

   人 に も く れ ず 名 物 の 梨          去 来

 

去来はこれを無人の建物と見ず、蔦の這い下がる邸宅に人が住んでいる所とした。近所との交際を好まぬ住人で、評判の変わり者と通じている。

 

  か き な ぐ る 墨 絵 を か し く 秋 暮 れ て     史 邦

 

常に世間の外にあって、興が乗れば趣味の墨絵を幾枚も書きなぐっている。『書きなぐる』という表現が気性の烈しい気分屋で、我流且つ稚拙でとても上手の出来とはいえない墨絵の数々。『をかしく』は趣き有ㇼではなく、ここでは滑稽の意にとるべきでしょう。

 

   は き ご こ ろ よ き め り や す の 足 袋      凡 兆

 

メリヤスは収縮性・柔軟性に富んだ靴下の類いで当年高級品。前句を隠居の資産家とみた。傍目からは不堪の墨絵で可笑しいけれども、当人は存分満足の行ってるのでしょうね。『めりやすの足袋』の満足感に重ねて、これをモノに言わせているところが作家凡兆の巧さ。

 

観賞は、こればかりで十分であります。ほかは贅言が多すぎています。

 

 

 

川 中 へ し だ る ゝ 宿 の や な ぎ か な     凡 人

 

む か ふ よ り 御 主 人 来 た り 花 の 犬     仝