和歌、連歌、俳諧は第一藝術で、小説などの類いは二流以下、近代以前はこうい
う序列でした。
むかし文人は必ず短詩に精通していた。
今はさかしまです。
湯 の 後 を 涼 し さ に 飽 く 茣 蓙 の 上 凡 人
和歌、連歌、俳諧は第一藝術で、小説などの類いは二流以下、近代以前はこうい
う序列でした。
むかし文人は必ず短詩に精通していた。
今はさかしまです。
湯 の 後 を 涼 し さ に 飽 く 茣 蓙 の 上 凡 人
むかし和歌というものは、漢語を用いなかったけれども、俳諧は使ってもよい、また俗語も厭わない。
だか らというて、俳諧に漢語を多用するのはよろしくないと思う。
漢語は少ない文字数で意味をはっきりさせられる、「調べ」がなだらかでなくなる、という短所がある。
俳諧も和歌と一体、あくまでもひらがなや和語を本としなければならないと思う。
初 蝉 の は じ め は ど こ の 木 陰 な る ぼ ん と
何 事 の 見 立 て に も 似 ず 三 日 の 月 芭 蕉
「月の剣」「月の眉」「娥眉」など古くから色々の見立てがあるが、やはり実景には敵わない。感じたことをそのまま吐いたような句である。「写生」などという考では思いつかぬ句だ。芭蕉自賛の句である。
原 中 や 物 に も つ か ず 啼 く 雲 雀 同
何物にも渋滞することなく雲雀の声が響きわたる。『物にもつかず』がよい。
撫 子 の 暑 さ 忘 る ゝ 野 菊 か な 同
撫子は晩夏の花。なるほどまだ暑いもんだと思ってたら、秋の花である野菊が見えた。芭蕉は、自身より発句の上手い門人も多い、などと言われていたが、やはり上手である。やはり発句は芭蕉をはじめ、元禄期にみるべきものがある。
雨 折 〃 思 ふ こ と な き 早 苗 か な 同
適度に降雨してくれて、その早苗を植えた人が『思ふことなき』なのか、それとも早苗が充実しているのか。後者とみたほうがよいだろう。
秋 深 き 隣 は 何 を す る 人 ぞ 同
有名な句である。『何をする』は「何を生業としている」という意である。若年のときはさして気にしなかったが、旅宿に身体衰え年寄ってそんな事も思われたのであろう。
明治期の正岡子規という人は、俳句表現において、「自然を偽らずに写す」という写生主義を唱えた。
それまでの作者の独特の見立てや、自己の主張を含有した作を排そうとしたのだけれども、写生句の純粋さは存外、聞く者にハッとさせるような新鮮さを与える事もあるだろうな。
ただこれを連綿と読まされるのも直ぐに倦怠を覚えるものであろう。
まあ、中には面白いのもある。
鼾(いびき)す る 門 た ゝ か ば や 今 日 の 月 子 規
この句なんかは、芭蕉の「三井寺の門たゝかばやけふの月」の冠の五文字を変えたもんだ。子規のは、ちょっと滑稽味のある句にしたのだけれども、まあ悪かぁない。
ただもう少し摺り上げてもよかったかな。僕なら、
月 の 宵 い び き の 門 を た ゝ か ば や
と、こうとでもするかな。「いびきの門」というのも変だけど、まあ、散文でもなし、句ならばこれも許されるだろう。
・・・・・芭蕉のころには、発句がすでにほとんど独立のものとして扱われるようになっていたことは、彼の句の多くに脇句が付けられていないことからも了解される。しかし、発句が潜在的には連句として流転していく宿命を予定したものであった事実は、忘れるべきではない。芭蕉の死後も、門弟たちは発句を承けて歌仙をつくり続けていたのである。発句は独立した、それ自体として小宇宙を構成するものであったが、その意味のより完全な開披のためには、あとに続く句の展開を予想するものであった。・・・・・
(ドナルド・キーン著 『日本文学史 近世篇🈩』より)
※ 今、「連句をやると『俳句』が下手になる」ということばがあるそうです。
昔は脇句が付く予定があるから、発句自体もハッキリとは述べない、完結を旨として印象鮮明にいえば、付けられる必要のなくなってしまう。
「現代俳句」というものは、この「曖昧さ」を嫌う。
真の連句においては、はっきり述べられると付けにくい。
近代子規の俳句というのは、一言でいうと真率である。若々しくて清新である。ただ工夫が足りない。「ひねり」といってもいい。ただ子規本人は「ひねり」をすると、「月並」になる恐れがある。であるから、わざと平淡な句〃を量産して自ら手本を揚げたとも取れる。
行 く 春 の も た れ 心 や 床 柱 子 規
これは「行く春やもたれ心の古柱」だ。
柳 わ け て 居 酒 屋 の 門 は ひ り け り 同
『居酒屋』はへんだ。『酒屋』でいい。柳が十分にしだれたるを形容したいなら、
「おしわくる酒屋の前の柳かな」とこうしなければならない。こうはっきりと「柳」の句にしなくちゃならない。発句は出来るだけ云い尽くさないよう仕立てる。言いたいことの五六分にする。『はひりけり』は要らない。
わ ら ん べ の 酒 買 ひ に 行 く 落 葉 か な 同
季ことばというものは便利なもので、下五にこう『落葉かな』と置くと、一家の侘しい生活ぶりまで連想できるもんだ。「花のとき」とすれば陽気な酒だ。序でに小遣いをもらうのだろう。まあ、僕なら「秋の暮」とでもするか。中七は「酒抱へ行く」とする。いや「抱へたる」か。別に平凡な句だ。
我 病 で 桜 に 思 ふ 事 多 し 同
こりゃ芭蕉の「さま/\゛の事思ひ出す桜かな」を使ったのだろうけども、こういうのは止したほうがいい。芭蕉の句のほうが遥かに秀でてる。
い く た び も 雪 の 深 さ を 尋 ね け り 同
前書に「病中雪」と有。いい句のほうだろうな。下五は「尋ねける」と連体止めにしたほうがよいか。まあ、子規の句は、今の難解句などよりは遥かにマシだと僕は思うのだけれど。
・・・・・法師のみならず、上達部、殿上人、かみざままで、おしなべて、武を
このむ人多かり。百たび戦ひて百たび勝つとも、未だ武勇の名を定め難し、その
故は運に乗じてあたをくだく時、勇者にあらずといふ人なし。死を易くして後、
始めて名をあらはすべき道なり。生けらん程は武を誇るべからず。人倫遠く、禽
獣に近きふるまひ、その家にあらずは、好みて益なきことなり。
(『徒然草』 八十段)
※ 前段に、「何事も入り立たぬ様したるぞよき・・・・・」とありまして、専門でない者がむやみやたらと口を出すものではない、たしかに初心の発想も捨て難い事もありますが、「自分にはよく分からない」というていたほ うがいい。