芭蕉に関する豊富な伝記的事実は、現代の学者をして、芭蕉の義兄の身元調査や蕉門末端の弟子の家系調査にまで没頭させる結果になった。ごく瑣末な事実を糾明するために、今日までにどれほどの労力が、虫に食われた社寺蔵書の研究に費やされたことであろう。しかし、それほどの芭蕉学の展開にもかかわらず、彼の生涯にはまだまだ疑問点の多く、芭蕉の真の人となりは、いまだに解明が着手された段階にとどまっている。彼の句の解釈も同様で、背景が不明なために完全に意味をつかみかねる句も多く、ときには試釈以上のことを書けない場合もある。

 

                  (ドナルド・キーン氏「日本文学史」より)

 

芭蕉について今もさまざまの評釈有。ただ己の存在感を誇示せんとするのみの珍説も多し。これら蕉門の言葉を借りればわる巧也。