あなたはここにいなくとも

著者:町田そのこ

出版社 ‎新潮社 (2023/2/20)

発売日 ‎2023/2/20

言語         ‎日本語

単行本     (ソフトカバー)




本の概要

ほどいてつないで私はもう一度踏み出せる。出会いも別れも愛おしくなる物語

恋人に紹介できない家族、会社でのいじめによる対人恐怖、人間関係をリセットしたくなる衝動、わきまえていたはずだった不倫、ずっと側にいると思っていた幼馴染との別れ――いまは人生の迷子になってしまったけれど、あなたの道しるべは、ほら、ここに。もつれた心を解きほぐす、ぬくもりに満ちた全五篇。



町田そのこ作品は、心がものすごく揺さぶられる作品や、軽めでありながら『実』が奥深い作品などのイメージがあり、今作品『あたたはここにいなくとも』のタイトルでの先入観で、揺さぶられ系かと思い怖々読み始めたが、完全な(登場人物に繋がりがない)5篇の短編集で読み終えて、ほっこり、じんわりした感覚。




生きることが、時々?たびたび?難しい時期がくることがあるけれど、辛い・悲しい・苦しい時を何度も通り過ぎながら、微細であっても新しく生まれ変わってリスタート出来ていると思えば、思うことができるようになれば、少し先の未来に希望は持てそうな気がする。


そんな気持ちになった一冊でした。








〈おつやのよる〉

**

この章では、『おばあちゃん』がとても素敵な人柄で、おばあちゃんに皆が救われていた。

決して圧が強いわけではない『優しく思いやりのある力』がガヤガヤしている家族や親戚をおさめていたおばあちゃんがアッパレ!でした。



〈ばばあのマーチ〉

**

人には誰でも何かの傷がある。

その傷をじぶんで癒せることができない時、誰かの力を借りてもいいんじゃないかと思うことができた。

じぶんで誰かの力になっていることなど、気づかなくても、もしかしたら力になっていることもある。

じぶんのできる範囲でいいから、他者の力になることをこれからやっていこうと思う。




〈入道雲が生まれるころ〉


『リセット症候群』というものを抱えているらしい萌子。


実家の親戚(実は親戚ではなかった)藤江さんの遺品整理をしている中で「思い出の千切り絵」を見つけた。藤江さんもリセット症候群らしい生き方をしていた。



捨てることに安堵を見出す萌子と、捨てられないと嘆く芽衣子は、それぞれこの先の生き方を改めて考えるきっかけになる。




**

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』

〈溺れるスイミー〉

を思い出す。


どうしようもない性分。

簡単に変えられない生まれ持った性分というものに、悩んだり苦しんだりする。


萌子と芽衣子は、『捨てる、手放す』ことに対する性分が反対側にある。

どちらも、それぞれの苦しみや悲しみがある。

その性分と上手く付き合っていくために、どのように生きていくかを改めて考えるきっかけがあり、ふたりはそれぞれにこれからの生き方に生かされることになるといいなと思った。




〈くろい穴〉


栗の渋皮煮をあいだにして、不倫相手の女性と不倫されている妻と思い?攻防戦?


妻は夫の不倫に気づいていたのか?

不倫相手は、渋皮煮が得意な女であることを知って頼んだのだろうか?




5年に及ぶ不倫相手に妻の願いを伝える男の無神経さ。

それを受け入れる女の哀しさ。



不倫相手に

手作りの渋皮煮を作って欲しいと頼む。

「嫁さんが、食いたいってうるさいんだ。──

美鈴が前に作ってくれたあれがいいって。」




不倫相手の妻が癌で亡くなり、病床でおいしいと食べたと言う渋皮煮のはなしを平気で話す『男』に、ようやく己の愚かさを知る『女』。



病床の妻の願いの裏に気づくことなく、馬鹿正直に愛人に頼むような思慮の浅い男。愛人の心の揺れにも気づかない愚鈍な男。p175



『妻の願いの裏』が、わたしには何なのかわからなかった。



ただ、、不倫関係やおかしな恋愛関係を第三者目線で見ていると、なんだかなぁ〜と、思ってしまう。

きっと、なんだかなぁ〜っと思っている人も、一歩泥沼にハマってしまうと、なんだかなぁ〜が見えなくなってしまうのだろう。

なんだかなぁ〜が、冷静に客観的に論理的に見えたり考えられたりしたら、世の中のおたのしみは少なくなってしまうのかもしれない。





〈先を生くひと〉


幼馴染の藍生と加代。

加代は藍生が好きなことに気づくが、実らなかった。

あるきっかけで、『死神ばあさん』と呼ばれていた人の屋敷に通う。

おばあさんの断捨離を手伝うために。


時代や地域性などのしがらみで、思い通りにいかないことが多いけれど、最終的に自分を褒められるような終わり方ができたらいいなと思う、『死神ばあさん』から教わる。



















備忘録




〈おつやのよる〉


いつもガヤガヤしているじぶんの実家と上品な彼の実家の違いにコンプレックスを感じ、結婚に踏み切れないどころか、自分の家族を恥ずかしいと思い彼を紹介することも出来なかった清陽キヨイ。おばあちゃんが急死し、実家へ行く清陽と一緒にいこうとする恋人の章吾に対して、家族を見られたくない気持ちから清陽は拒否する。


お酒を飲むと人が変わる父親は、おばあちゃんから酒をやめろ!と言われ禁酒していた父親。

葬儀の場で、親戚たちがワチャワチャしているところをお酒を飲んでいない父親は冷静におさめていた。



**

この章では、『おばあちゃん』がとても素敵な人柄で、おばあちゃんに皆が救われていた。

決して圧が強いわけではない『優しく思いやりのある力』がガヤガヤしている家族や親戚をおさめていたおばあちゃんがアッパレ!でした。




〈ばばあのマーチ〉


香子は、大学卒業後に入社した会社でいじめにあい、助けてくれると思った既婚者の上司からセクハラにあい退職をし、お菓子工場で18時から翌日の3時まで働いている。香子には大学時代から付き合って6年になる2歳年上の浩明がいる。浩明は香子と結婚を考えている。香子はまだ考えてはいなかった。

浩明は正しい。出会った時から正しく強い人だった。浩明に、いじめの件も、上司のことも相談していた。その度に憤ってくれたけれど、『君にも非はある』と必ず付け足した。

『いじめなんてものはもちろん許されることじゃないが、君にもつけ込まれてしまう原因があったことはわすれてはいけない。上司のことがいい例だ。店に入る前に、状況がおかしいと察しなきゃ。もういい大人にんだから、自分の言動には注意を払わないと』p59

浩明は正しい。わたしにも非があるだろう。例えば、わたしは空気を読めないところがあるし、感情が高ぶると声が大きくなる傾向がある。また、昔からの友人たちからは『誰とでも合うタイプじゃない』とよく言われた。万人受けしないということは、嫌われる可能性もおおいにあるということだ。p59


いつも、論理的に正しいことをいう浩明を香子は負担に感じ始めていた。浩明に正論を突きつけられるたびに、浩明の望むようにいきられないのは、ダメ人間なのだろうか、社会的に許されないのだろうかと考え始める。


そんな時、『オーケストラばばあ』を発見する。

おーけすとはばばあの日課、食器叩きを最初から最後まで見届ける香子。

ワレもカケもない食器たちを満遍なく叩く『オーケストラばばあの定期コンサート』。


オーケストラばばあは言う。

「欠片なんて残さないよ」

「壊れたらおしまい。思い出が成仏するんだ」p73




『若ころ、"キズモノ"にされたんだって。それで決まっていた縁談も何もかもダメになっちゃって、ひとりで生きているんだって』p73

と南さんから教わった。


南さんは、香子が新入社員として働く気力に満ち溢れていたころのマンションで、オーケストラばばあに遭遇した時に出会った、絵本の編集者で8歳年上の憧れの人。




オーケストラばばあは言う

「あたしのせいじゃない。あたしは何も失っていない。なのに、キズモンだの何だの好き勝手言って、挙句に不良品を返品して何が悪い、ときたもんだ。怒りや哀しみやらで、体中の血液が沸騰したのさ。まるで、感情が煮湯になって、内側でぐつぐつ揺れてるみたいだった。そしたら、目ん玉が煮えちまったんだよ。朝になったらすっかり世界が変わっちまった」p74



オーケストラばばあが奏でる食器グラス演奏で割れてしまった破片は丁寧な仕草でコンテナに入れる。

「あんたの役割は、もうおしまい。もう、なかなくていいんだよ」

おつかれさま。そう言って、ばばあはゆっくりと蓋を閉めた。p85

「香子ちゃん、分かった?分かったひとだけがここで立ち止まるし、ここに持ってくるものがあるのよ」p85



香子は、浩明と別れることにした。そして、実家に帰ることを伝えたが、激昂した浩明は、香子の弁明に一切耳を傾けてくれなかった。

そして

『男はそんな風に逃げられない。まっとうに生きようとすればするだけ、責任が求められる。君みたいに簡単にギブアップでいないんだ』と絞り出すような言葉。


浩明にも浩明の戦いがあったはずだ。何の問題も悩みもない人なんて、どこにもいない。

辛い日も、情けないこともあっただろう。

でも、わたしは自分のことばかりに意識を向けて、そんなことも考えもしなかった。

わたしは彼の強さに、無意識に依存していたのだ。p89


ふたりの思い出のハシビロコウのカップをオーケストラばばあへ託す香子。


オーケストラばばあが、箸を振り回して器を叩いているだけにしか見えないけれど、

これらは思いを乗せた音なのだ。わたしだけではない、南さんや、見知らぬ誰かの涙の音。自分ではどうしようもできない、癒えない傷の音。馬鹿みたいとわらってしまうほど滑稽で、みっともなくて、弱くて、でもどこか愛おしい。まるで、ばばあを先導にして、捨て去ることのできない思い出たちが行進しているようだ。穏やかな終わりに向かって。p90




**

人には誰でも何かの傷がある。

その傷をじぶんで癒せることができない時、誰かの力を借りてもいいんじゃないかと思うことができた。

じぶんで誰かの力になっていることなど、気づかなくても、もしかしたら力になっていることもある。

じぶんのできる範囲でいいから、他者の力になることをこれからやっていこうと思う。





〈入道雲が生まれるころ〉


『リセット症候群』というものを抱えているらしい萌子。

ある日突然、ふとした瞬間に、これまで構築してきた人間関係が重たくなってしまう。手足は重く、息も浅くなる。ここにいては潰されるか呼吸困難で死んでしまう、そんな焦燥に支配されて、だから私は逃げる。p101




**

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』短編集のひとつ

〈溺れるスイミー〉の登場人物と重なった。

一つの場所に居られない・・という性分だったと記憶している。





実家の親戚の藤江さんが亡くなったとの知らせで実家に帰る萌子。そこには優等生だったと思っていた妹が高校時代のよれた体操服をだらしなく着て、煙草の紫煙を吐く姿があった。

亡くなった藤江さんは、祖父の従妹と聞いていたが実はどこの誰だかわならないことが、わかり、皆大騒ぎ。40年前に死亡したことになっていた。経緯としては、38年前に失踪、その後失踪宣言により死亡判定。


実家から徒歩3分の小さな家で独り暮らしをしていた藤江さんは、控えめで物静かで、暮らしぶりはとても倹しかった。


実家に戻っていた妹の芽衣子は、藤江さんと交流していた。藤江さんの家の荷物を整理するのを姉の萌子を誘う。


『わたしが急に死んだときには、代わりにわたしの人生を全部すてといて』と、藤江さんに頼まれていた。

しかし、芽衣子は

「誰かの痕跡を捨てるって、怖いなって」p119

「ヤバい。これすごいしんどい。ねえ、姉ちゃん。誰かの人生を捨てるって、辛いね」p119


芽衣子は捨てられなくて苦しんでいる。

不倫して別れて、でも忘れられなくて、寂しくてという気持ちを捨てられずに苦しんでいる。どうにもならない過去のことを捨てられなくてどこにも進めることができない。

「あたしも、すべてを捨てられる女になりたいのに」p128



そう。苦しい、これからもっと苦しくなる。そう感じたときが別れどきなのだ。好きな人や好きな場所に固執して、その執着に苦しむくらいなら離れたい。身軽でいたい。藤江さんはまさしく、私と同じ感覚を持つ人だったのだろう。p128



萌子は藤江さんのことを

「情けのない冷たいひとってことでしょ。捨てたことで誰が傷つこうと平気な、自分本位なひとなんだよ」p129


芽衣子は反論する。

あたしみたいに過去に縛られて何もできなくなることが愛情深いわけじゃない。未練がましく縋り続けることだけが本気っていうわけじゃない。p130


捨てることに安堵を見出す私と、捨てられないと嘆く芽衣子の差だろうか。p131


そして、スケッチブックを見つけた。千切り絵だった。思い出を千切り絵にしていた。



芽衣子は言う。

よかった。こんなに幸せそうな記憶を残してくれたことで、あたしは救われた気がする。何を捨てても、幸福の記憶は消えない。あたしもずっと心に残るような幸せな景色を抱えて、生きていきたい。p138



萌子は思う。

自分の過去を思い出す。

ああ、大事なものがある。私の中にちゃんと残されている。

これから先、私はどう生きるのだろう。藤江さんのように…。それとも?p138



プロポーズされた恋人海斗へのライン

『この間は、ごめんなさい。私は、誰かと一生一緒にいる、と考えるだけで怖くなるんです。だから、逃げた』

『これから先、どう生きていくべきか。改めてきちんと考えてみようと思います。考えるきっかけをくれて、ありがとう』p142


藤江さんの絵を見た時、私は彼女の丸まった背中を思いだした。芽衣子は幸せな記憶と言ったけれど、私は、どこか哀しくなった。己の手で捨てた想い出を掻き集めてかたちにする姿がどうしても自分自身と重なって見えて、なんて虚しいのだろうと思ってしまった。手放したものをちぎった新聞紙で絵に変えて眺めることに、どんな幸福があったというのか。p143



もちろん、藤江さんがどう感じたかは私には分からない。幸せだったと微笑んだ、ということもあるだろう。しかしそれは、私の望む未来の答えではないように思う。p143





〈くろい穴〉


愛人関係にある男が女へ、妻が食べたいと言うから栗の渋皮煮を作って欲しいと言う。

女は、こんなことを平気でお願いしてくる男へもやっとするが、受けてしまう。

ひとつだけ穴の空いた栗があったが、取り出さず、煮崩れせず、最後まで残った。

それを男に渡す。

男の妻は、末期がんで病床でその渋皮煮を食べる。

美味しいと言って。

妻が亡くなった後、そのことを不倫相手に話す男。

そこで、ようやく女は気づく。

『悪意』を向ける先は、この男だったと。