シャドウワーク
著者:佐野広美
出版社 ‎講談社 (2022/9/28)
発売日 ‎2022/9/28
言語 ‎日本語
単行本(ソフトカバー) ‎360ページ




『誰かがこの町で』でブレイク!
ソーシャル・ミステリーの旗手が衝くドメスティック・バイオレンスの闇

4日に1人、妻が夫に殺される。声を上げられないDV被害者たちが、今日もどこかで心と体に瀕死の重傷を負っている。
暴力夫から命がけで逃れ、江ノ島を望む風変わりなシェルターにたどり着いた紀子。
その家には、ある一つの「ルール」があった。

命すら奪われかねない状況に置かれながら法に守られず、絶望の果てを見た女たちが生きる世界とは。
究極のシスターフッド・ノワール!




読書家ブロガーklaxonさまの記事に惹かれて、図書館本。




佐野広美作品
・わたしが消える
・誰かがこの町で 


3作目
シャドウワーク



読み始めからゾワゾワ感があり、心臓バクバクしながら読み終わりました。


DVとストーカー化した夫から逃げるのは、一生を台無しにすることと等しい。
逃げる、隠れる、怯えるの生活をずっと続けていくなんて、悲しすぎる苦しすぎる。

だからといって、人を殺すということは正当化できない。

しかし、自分の命を守るためにとなれば、「正気のまま狂っている」p338
と、なってしまうこともあるのかもしれない。

殺すな、ではなく、殺されるな。p339



「一度だけ」
「自分が生きるために、一生に一度だけは、他人を押しのけていいことにしよう」
「持ち回り」
「共犯関係」




「この家にDV被害者を住まわせて、自分の夫を他人に殺してもらい、その代わりに他人の夫を殺す。つまり順番に夫を始末していくこと。それが持ち回り」p321



初めて「持ち回り」の現場に行き、目の当たりにしたあと、そのままシェルターに残ることを決めた紀子の精神状態は、「正気のまま狂っている」のだろうか。


凄まじいほどの恐怖を植え付けられてしまうと、人は正しい思考になるのが難しいのだろうか。


死んでしまうのではないかというぐらいの暴力を受けたものしか、この気持ちは実感できないと感じたが、想像はできた。


それほど、暴力は、受けたものの肉体的な破壊だけでなく、精神的にも破壊されてしまう恐ろしさだ。



警察官である薫でさえも、ストーカー化したDV夫を法では、どうにもならないことを知り「持ち回り」に、夫の始末を願った。



自分の言う通りにならなかったら殺すという発想は、精神が壊れている。
そのような人が、圧倒的な権力と腕力を持ってしまったら、もはや人間ではない。バケモノだ。
バケモノと対峙しても、勝てるはずがない。
逃げ切れることもない。
それなら、
「一度だけ」
「自分が生きるために、一生に一度だけは、他人を押しのけていいことにしよう」
という考えになってしまいそうなわたしがいる。




世界は法律で裁けない悪意で満ちている。犯罪者とはみなされず、自分も悪いことはしていないと思っているとしても、そこにまったく悪意がないことにはならない。p351