三澤洋史のミサ曲 - Missa pro Pace | トナカイの独り言

三澤洋史のミサ曲 - Missa pro Pace

 先月、東京芸術劇場で三澤洋史のミサ曲を聴いてきました。
 聴きながら、さまざまなことを感じたり、想ったり、また思い出したりしました。

 ただ、まだ一度しか聴いたことのない曲なので、少し記憶が曖昧なところもあります。勘違いなどありましたら、どうかご教授のほど、よろしくお願い致します。

 

 この曲について書くにあたって、まず自分の思い出を、四十九年ほど遡ってみましょう。

 

 みなさんは 「アブラクサス」 という名をご存じでしょうか?
 わたしはこの名前に大きな影響を受けました。
 

 「鳥は卵の中から抜け出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。鳥は神に向かって飛ぶ。神の名はアブラクサス」

 

 上記はヘルマン・ヘッセ 『デミアン』 の一節です。
 このデミアンについて、ずいぶん親友と語った記憶があります。
 ヘッセの作品について、他にも 「ナルシスとゴルとムント」 や 「シッダールタ」、そして 「荒野のおおかみ」 などについてもずいぶん語り合った記憶があります。
 そんな記憶のなかで、もっとも古いものが、このデミアンです。


 エジプトに生まれ、キリスト教の異端に育った神アブラクサスに、わたしは影響を受けました。そして、彼も影響を受けたのではないでしょうか。そんな時、カルロス・サンタナに 『アブラクサス』 というアルバムがあることを知りました。確かこのアルバムには 『天の守護神』 という日本語タイトルが付けられていたような気がします。
 興奮して彼に、「サンタナに 『アブラクサス』 というアルバムがあるんだよ」 と告げました。

 

 

 わたしはヘッセへの哲学的な問いからサンタナを聴くようになり、親友はそこから一歩も二歩も先に進み、音楽的な興味からもサンタナにのめり込みました。

 

 当時は 『ニューエイジ』 と呼ばれる東洋思想や東洋哲学に裏打ちされた生き方が試されていた時で、ヒッピーの文化が育ち、スタニスラフ・グロフらによるドラッグや薬物による変性意識の研究も盛んな時代でした。後にわたしが出逢うことになるフリースタイルスキーもこの流れの中にありました。
 サンタナ自身インド哲学に惹かれ、東洋的な思想に傾倒していたと記憶します。

 わたしがサンタナの曲で夢中になったのは、上記の 『アブラクサス』 と 『キャラバンサライ』、そして 『哀愁のヨーロッパ』 くらいなのですが、親友はもっともっと音楽的に興味を持つようになりました。
 

 なぜサンタナについてこんなに書いたかと言うと、彼のミサ曲はサンタナの音楽なしに生まれて来なかったと信じられてならないからです。

 ふつうミサ曲というと荘厳さだったり、神聖さ、そして清らかさが前面に出るのではないでしょうか?
 ところが、三澤洋史のミサ曲は、なんとウキウキ、わくわくする曲なのです。
 人間の 「生」 への肯定感に包まれています。もともとミサとは 「感謝の祭儀」 を意味するので、じつはこの 「生」 への肯定感は重要だとも信じられますが・・・・・・。
 

 最初のキリエは、いきなりタンゴでダンスするかのように始まります。
 正直驚きましたが、すぐに 「彼らしい」 と笑顔になりました。じつは彼もこの始まりには悩んだことがパンフレットに書かれています・・・・・・「いやいや、こんなふざけた音楽でミサ曲を始めたらいけませんよね」。
 でも、彼らしいわくわく感満載の音楽なのです。


 続くグローリアはゴスペル調。

 サンクトゥスではふたたびサンタナの響きが聴こえてきます。

 キリストの十字架を描く場面になると、まるで心臓から直接出血しているかのような痛みと重々しさが加わってきます。

 

 そしてフェスタです。

 この曲のいちばん特徴的なところではないでしょうか?

 ミサにはあるまじき 「イエー」 というかけ声まで加わってくるのです。これは神を賛美するだけでなく、どうしても人間の命を賛美しているように、わたしには聴こえます。
 このフェスタについて彼はこう書いています。
「この曲の発想には、かつて1964年の東京オリンピックの閉会式を見た驚きが元になっています。開会式の選手達の整然とした行進とは裏腹に、閉会式では、各国の選手達が入り乱れ、談笑し、抱き合いながら入場し、カオスとも言える状態でした。それが私には、世界が平和になったあかつきの理想的な姿のように感じられたのです」

 まさにかつての東京オリンピックの閉会式の感動が甦ってきました。なぜなら、この閉会式の感動こそ、わたしの人生にもっとも大きな影響を与えたものの一つだったのですから。彼もそこに感動を覚えていたことが、新たにわたしの胸を打ちました。

 

 ベートーヴェンに背中を押されたアニュスデイ。
 そして最後は、白馬で創った曲。
 心さえ超えて、魂にまで沁みる 「われらに平和を与えたまえ」 です。
 最後の静けさと、深淵さが、全体を意味あるものにして、統一しているように感じられるミサ曲でした。
 

 彼の作品にはいつも啓発され、勇気や力をいただきますが、この曲にも大きな感動とエネルギーを与えていただきました。

 五十八才以来、いろいろな故障が続いて思い切った活動ができていなかったのですが、彼のミサ曲やさまざまな気付きから、今年の夏は、少し前に進むことができているように思います。
 いろいろな意味で、彼と彼の音楽に感謝です。

 パンフレットに、この曲を創っている過程で起こった感動的な物語が書かれています。それも、ぜひみなさんにも知って欲しいのですが、そこには、近頃わたしが感じて、とても大事にしている一つの秘密が宿っています。
 いつか、その秘密についても書いてみたいです。