トナカイの独り言
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2018年07月04日(水)

少しプライベートなことを‥‥

テーマ:まじめな話

 今日は少しプライベートなことを書いてみたい。

 それは年齢ということである。

 年を重ねていくこと‥‥加齢という避けようのない下降をどうとらえるかという問題で、見方によっては深刻な内容だ。

 

 昔なら、六十歳を超えて、過酷なスポーツを続ける人は少なかったに違いない。

 ところが二〇一八年の今、わたしの周りには六十歳どころか七十歳や八十歳を超えても、世界の第一線で活躍するアスリートが何人もいる。

 身近なところなら、すぐそばに住んでいて、スキーシーズンともなれば毎日のようにお逢いする沖浦さんである。彼は七十三歳で、パワーリフティングにおける現世界チャンピオンだ。驚くことに、彼は七十三歳の今も世界記録を伸ばし続けている。

 

 来週開催されるジャパンマスターズでお逢いする水泳の松本さんは、すでに八十歳を超えている。マスターズは五歳ごとの区分になっているが、区分を超えるたびに、世界記録を塗り替え続けている。しかも、水泳という高い代謝能力が要求されるスポーツにおいて、生涯ベストを出したのが七十代半ばという驚異のチャンピオンである。

 同じくマスターズスイマーで、七十五歳区分の世界記録保持者である岩本さんもいる。彼は一九六四年の東京オリンピックにおける水泳競技のポスターになられた方である。レース前、いつも静かにプールを見つめている姿が、わたしの心を打つ。

 親しい友人で、つい最近生涯ベストを叩き出した三浦さんもいる。三浦さんはどう見ても三十代の外観と、二十代の肉体を持っているが、じつはもう五十歳に達せられている。

 彼は言う。

「記録を更新できない気がしない」 と。

 肉体だけでなく、心も精神も眩しいほどに若々しい。 

 

 しかし、どんなに素晴らしいアスリートであっても、いつかは必ず下降線と向き合うことになる。

 かつて、こうした局面に注目し、その過程を詳細に取り上げたアスリートや研究者はほとんど存在しない。まさに未開拓な分野である。これに言及したのは、上記にあげた岩本さんくらいではないだろうか。

 

 

 つい最近のことだが、メジャーリーグで活躍する日本人投手のほとんどが故障者入りしたというニュースが流れた。
 大谷選手をはじめとする有名日本人選手が、すべて故障しているというのである。

 彼らを見ていて良くわかるのだが、速球でより速くを目指し、変化球でより大きな変化を目指し、より良いコントロールを目指し、自分が壊れるほどに投げたのだ。文字通り肩や肘が壊れるところまで。

 メジャーリーグで自分を試したいという気持ちや情熱から‥‥。

 

 良いスポーツ選手には強い意志が必要だ。

 しかし、それはあたりまえのことで、国体に出場するくらいになれば必ず持っているし、誰もが持たなければならない力である。

 問題はそうした力の使い方である。

 わたしの尊敬する友人、高橋大和さんは、肉体の疲労回復や精神の疲労回復の重要性について書かれているが、ほんとうにそうだと思う。トレーニングしたら、そこから回復する時間や栄養が、トレーニング以上に重要になる。なぜならトレーニングだけなら、それは筋肉や神経を痛める過程と同様であるから、そこから超回復を可能にしない限り、パフォーマンスは低下していく。

 

 加齢というのは、もしかしたらトレーニングして、十分な栄養を摂らないようなものなのかとも思う。しかし、加齢しながらトレーニングしなかったら、それこそ下り坂を転げ落ちるようにパフォーマンスと記録は低下して行く。

 わたしの場合、六十歳に近づく頃から、故障が続きはじめた。
 五十八歳の後縦靱帯骨化症(難病指定)が、その最たるものだろう。その直前の時期が絶好調だったこともあり、最初は信じたくなかったくらいである。
 「ヘルニアだから、大したことはない」 と思い込もうとしていた。

 この時はスポーツドクターで友人の望月先生に救っていただいた。
 そこから復帰する過程で、発作性めまい症に襲われ、ふたたび苦しい思いをした。
 何とか復帰して、ほぼ回復と思ったら、今度は左肩の強烈な拘縮にとらわれ一年を費やした。なんとか直ったと思ったら、今度は強度なギックリ腰に襲われ、ふたたび休まざるを得なかった。

 この過程を振り返ってみると、やはり自分の気持ちや意志が先走り、自分の躰の回復や健康をおろそかにしていたように信じられる。特に骨化症に罹る寸前、意志だけで突っ走るような筋トレをしていたようにも思う。だから、骨化症は躰の意志への反逆だったのかもしれない。
 

 来週、ふたたびわたしはマスターズ水泳に復帰する。

 復帰第一戦はジャパンマスターズ兼第一回アジアマスターズ選手権である。アジアの一流どころの集合するマンモス大会だ。


 スキーシーズンを終えてからトレーニングを開始し、筋力的には自分のピークに対して八十パーセントというところだろうか?
 しかし五十代前半なら、現在の筋力より低かったにもかかわらず、水泳のタイムは生涯ベストを更新し続けていた。だから、一概に筋力だけが大切という訳ではない。

 こんなプライベートなことを書いてきたけれど、今でも苦しいトレーニングを続けたり、記録にこだわったりするのは、勝ちたいからではない。

 今だけでなく若い頃からずっと、勝敗はそれほど大切なものとは思ってこなかった。もちろん勝ったら嬉しいし、負けたら悔しいのだけれど、それが一番ではなかった。


 今わたしがトレーニングするのはそう、きっと自分と向き合いたいからだと思う。

 自分と向き合って、これからどこへ行くのかを探したいからだと思う。
 記録が落ち、故障が続くなかでも、トレーニングを続けることで、自分の歩いてきた場所に、たとえ細くとも道を創りたいという気持ちもあるだろう。

 

 これを読んで下さるみなさまの年齢はわからないが、わたしは六十歳をすぎた頃から、「死」 というものを意識しはじめた。やはり死とは、巨大な存在で、強い影響力を持っている。それが視野にあるのかないのかは、大きな差を生み出してしまう。

 

 「人は生きたようにしか死ねない」 と言ったのは画家の伊勢ひでこさんだったろうか? 

 凄い言葉だと思う。

 生きたようにしか死ねない。

 それなら、死にたいように生きるしかない。

 だから、やはりしっかり自分と対面するしかないのだろう。

 

2018年06月27日(水)

不思議な再会

テーマ:びっくり

 親友に紹介されて、宮沢賢治を一生の師とし、その研究をなさっている方にお逢いすることができた。

 絵本美術館 「森のおうち」 の館長を務める酒井倫子さんである。

 

 

 じつはわたしは宮沢賢治を尊敬しているだけでなく、日本人作家として、何と言っても彼がいちばんだと評価してきた。それは他の作家と比較したり、こちらの価値観で順位付けした訳でなく、わたしの心にもっとも直裁的に訴えかけてくるのが、間違いなく宮沢賢治だという理由からである。

 だから、宮沢賢治について権威者と話せるというだけで、わたしにとって重大なできごとであり、嬉しいできごとだった。

 

 親友から、「今ちょうど宮沢賢治の童話に書かれた動物たちの絵画を展示しているし、夏の終わりにはカザルス会のチェロコンサートもある」 と聴いた。

 動物や音楽好きなわたしに、彼女は心を配ってくれたのだ。

 

 カザルスと云えば、わたしには思い出がある。

 まず、わたしが初めての大怪我をして、スキーができなくなりかけた時、友人が贈ってくれた 『カザルスとの対話』 という本である。そして、 『カザルスとの対話』 と同じくらい大切で、もっともっと身近に感じる 『カザルスへの旅』 という本だ‥‥。

 

 『カザルスへの旅』 にはいくつかの旅行記が入っていて、そのなかに 『パリひとり時代』 という自伝が入っている。

 

 

 『パリひとり時代』 に、わたしはどれほど慰められただろう。

 かつてのわたしは 『パリひとり時代』 を生きた人の感性が、宮沢賢治を愛しているのを知って、どれほど勇気づけられただろう。

 わたしが敬愛する詩人、立原道造がやはり宮沢賢治と深い関係を持っていたことを教えてくれたのも、この書だった。

 著者にぜひ逢ってみたいと、ずっと思わせてくれた物語でもある。

 

 『カザルスへの旅』 の著者の名前は覚えていなかったのだけれど、宮沢賢治とカザルスのつながりで、今回もう一度読みはじめた。

 すると、それがいとも不思議な糸でつながっていたのである。

 

 著者は伊勢ひでこさんだった。

 彼女の描いた絵を載せた童話なら、何冊か持っている。

 今回の絵本美術館の展示にも彼女の絵があった。

 それより何より、酒井さんと伊勢さんは大の親友だというのである。

 

 館長の心像世界で、宮沢賢治の文にもっとも絵を描いて欲しいのは伊勢さんだというのだ。わたしも 『パリひとり時代』 を生きた人こそ、賢治の文にふさわしいと感じている。

 それはちょうど砂糖菓子のようなショパン演奏と、屍の間に咲く花のようなショパンの違いを感じさせる。

 それは単に心地よいだけのシューベルトと、寂しさや焦燥感で狂いそうなシューベルトとの違いを感じさせる。

 ショパンもシューベルトも、これだけ弾かれていながら、それを感じさせる演奏者はごくわずかなのだ。しかし、そんな演奏家は確かに存在している。
 

 いろいろなものや人との出逢いがあるけれど、今回の出逢いは特別なものだ。

 近いうちにあの 『パリひとり時代』 の著者に逢えるかもしれない。

  『パリひとり時代』 から数十年を経て、彼女は、そしてわたしはどんな再会を‥‥現実世界では 「初めての出逢い」 を果たすのだろう?

 

2018年06月23日(土)

21世紀のリベラルアーツ

テーマ:本の話

 昨年、親友たちと出版した 『変わった道を歩みたいあなたに』 には、「21世紀のリベラルアーツを求めて」 という副題がつけられている。

 そんな副題をつけた理由の背景には、20世紀というスペシャリストの時代が終わったこと、これからの21世紀は文化や時代そのものを横断的に考えるジェネラリストの時代であるという信念がある。

 バレエ、モーグル、エアリアルというまったく異なった3種目をおこなうフリースタイルスキーはジェネラリスト時代の先駆的なスポーツだったとも信じられる。しかし、オリンピックという権威に擦り寄ることで、バレエを失い、かつスペシャリスト化してしまったフリースタイルスキーヤーは、時代に逆行したとも考えられる。

 

 スペシャリストの時代は、各分野の末端を進化させ、さまざまな科学の進歩を起こすことに貢献した。ところが現代は、これ以上先に行くことより、横断的理解や、親和と調和を深める時代に変わっている。宗教的な親和やイデオロギーの融和が求められている。そして、それを成し遂げられるのは、まさにリベラルアーツを学んだ人々だと信じられる。

 

 近頃、そうした方向性にある書籍を2冊読むことができた。

 一つは 『巡り逢う才能』 

 これは親友がホームぺージに書いたことで興味を持ったものだ。

 

 

 1853年という時代を、数々の音楽家を中心に横断的に描いた本で、中心となるのはリストやブラームスである。

 もう少し突っ込んで欲しいとも感じたが、クラシック音楽が激動した時代を、史実に忠実に、かつ誠実に描いたものだ。

 

 もう一つは 『<第九>誕生』 で、これは1824年というベートーヴェンの第九交響曲が初演された時代を、横断的に描いたものである。

 『巡り逢う才能』 がほぼ音楽家を中心に描いたものであるのに対して、こちらは時代に影響を与えた数々の分野を代表する人物を描いている。文学や思想界ならシラーをはじめ、スタンダールやバイロン、プーシキン、ヘーゲル、そしてハイネなどが語られ、彼らとベートーヴェンの共通点やお互いへの影響、そして差異が語られる。

 絵画の世界でもドラクロアやアングルらとの関係が語られ、当然だが音楽家との関係は深く語られて、非常に興味深い。

 

 

 わたしが知らなかったことで感動したのは、アングルがベートーヴェンを最高位に評価し、ベートーヴェンの音楽を愛好していたということだ。アングルは、本人がヴァイオリンを高いレベルで演奏し、パガニーニやリストと室内楽を楽しむほどだったという。

 いっぽうドラクロアはベートーヴェンを 「急進的にすぎ、個性的でありすぎる」 とし、その本質を理解できなかったという点も興味深い。

 中学時代からアングルの絵に惹かれるわたしは、初めてその理由を理解したように感じた。そして頭ではその素晴らしさを理解しても、どうしても深い感動を得られないドラクロアに対しても、少し理解が深まったように思える。

 

 素晴らしいピアニストでもあったロマン・ローランの書に、ベートーヴェンとの個人的関係性を吐露した美しい文章がある。わたしはその文章に強く惹かれ、助けられ、十年近くどこに行くにもその文庫本を持ち歩いたことがある。

 今回の 『<第九>誕生』 にも、著者がベートーヴェンとの個人的な関係性を述べた文章があり、こちらも非常に感動的である。ベートーヴェンを知らなければ、人生はまったく異なったものになったというローランやわたしと同じ事実を述べて、ベートーヴェンへの感謝を表し、強く心を打つ。

 

 こうした時代を横断的にとらえる著作が生まれ、それに出逢えたことを嬉しく思う。

 また、2018年という現代に、ベートーヴェンの大きな影響や足跡を再確認できることにも大きな喜びを感じられる。

 

 ベートーヴェンの影響を受け、彼の遺伝子を受け継ぐたくさんの芸術家に、心からの感謝を送りたい。

 

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