わたしがマーラーに出会ったのは十五才の時でした。
それは『大地の歌』で、初めて聴いた時の衝撃を、今でもまざまざと思い出します。
第一楽章の『生は暗く、死もまた暗し』という繰り返しに、魂を掴まれ、大きく揺さぶられました。そしてあの『告別』で、音楽という言葉の定義を書き換えられました。音楽は芸術という枠を超え、哲学や倫理や法則という世界にまで入り込んだように感じました。それまでにベートーヴェンやモーツァルトをたくさん聴いていたのもかかわらず、マーラーはそれまでの音楽という世界を打ち破って、より大きな世界へと連れて行ってくれたのです。
1970年当時、まだまだマーラーはマイナーでした。
マーラーを好きになるのは異常者であるとか、マーラー自身が躁鬱病患者だったとかという噂が、あたかも真実であるかのように堂々と歩いていた時代です。
『大地の歌(ワルター)』に続いて交響曲一番、二番と聴きましたが、その時は大地の歌ほど心を捉えられませんでした。
マーラーをもっともっと聴きたかったのですが、大きなレコード店に行っても、まずマーラーのレコードはなかった時代です。
わたしは知り合いのレコード店に行って、店頭でどんな曲が買えるか調べてもらいました。
そしてバーンスタインの六番なら手に入ることを知り、注文しました。
ずいぶん待った記憶があります。忘れた頃、六番が届きました。ニューヨークフィルハーモニーの六番です。
当時、クラシックファンの間では「フルトヴェングラーかカラヤンか」とか「カラヤンかベームか」という話題がピークで、演奏スタイルについての会話が多く聞かれました。そんな点からバーンスタインの六番を聴いたのですが、演奏内容については決して「そうだ!」とは感じませんでした。同時にバーンスタインの『大地の歌』も聴きましたが、こちらもわたしにはワルター盤の方が心に染みました。
しかし六番という交響曲にはなぜか惹きつけられ、何度も聴くことになります。高校時代はバーンスタイン盤しか持っていなかったにもかかわらず・・・・。
大学時代にクーベリックやショルティで聴き、いっそう惹きつけられるようになりました。
プロスキーヤーとなってからもシノーポリ、テンシュタット、ベルティーニ、インバル、ハイティンク、ラトル、そしてティルソン-トーマスなどとマーラーを聴き続け、六番の世界も大きく広がっていきました。
交響曲六番は『悲劇的』と呼ばれています。
一般的解釈としては、主人公が人生のさまざまな葛藤と闘争の中で、三回の大きな打撃を受け、三度目の打撃でその命を失うというものです。そのため、ふつうは楽器として使われない巨大なハンマーが用意され、三回の致命的打撃として打ち鳴らされることになります。
マーラーは当初、そのように考えていたのかもしれません。しかし初演の後、三度目の決定的な打撃シーンからハンマーを除いているのです。
そしてわたしが感じている六番では、三度目の打撃の後、この主人公はふたたび立ち上がるのです。ボロボロのなりながらも・・・・。
映画ロッキーシリーズを自作自演したスタローンはことあるたびに、「大切なのは、何度勝ったかではなく、何度立ち上がったかである」と言い、あのロッキーシリーズを創り上げました。その中で、勝つことよりも、諦めず立ち向かい続けることの意味を問い続けました。
六番にこれほどわたしが惹かれたのは、ハンマーの打撃にも負けず、立ち上がり続ける主人公を感じられたからなのです。

本番の二日前、三澤君はわたしにこんなメッセージを送ってきました。
「六番は自分の体力の限界に挑戦して、怪我や故障もなんのその、という曲なので、この演奏は角皆君に捧げるつもりです」
期せずして、彼の理解がわたしと同じところに辿り着くという不思議なことが起こりました。そして彼は、この六番は「まさに角皆君そのものだ!」とも書いてくれました。
この曲がわたしそのものというのは恐れ多いことですが、期せずして生き方のどこかが、この曲に導かれたところはあるように思います。
膝の大怪我から眼球破裂、手首の神経断裂からついに難病まで、何度ものハンマーの打撃を受けてきたのですから。
今回の演奏会が近づくにつれ、何度もの人生の危機にあって、これまでなぜ乗り越えられたのかを考えさせられました。その時、気付いたことがあります。それはわたしの後にはマーラーやベートーヴェンや、三澤洋史がついていてくれるということ。
もっと言えば、ヘルマン・ヘッセや河合隼雄もついていてくれるということです。
かつて植芝盛平はこんなことを言いました。
「わたしを倒すには、宇宙を破壊しなければならない」
これまで倒れなかったのは、わたしが信じる偉人たちの力に違いありません。そして、これからもそうでありますように!
実際の演奏では、この長大な曲が、まるで時間を感じさせないものとなりました。あっという間でした。
第一楽章のマーチが、これほど力強く響いた演奏がこれまであったでしょうか。
そして終楽章のハンマーが、致命的でありながらも、主人公の息の根を止められない演奏が、これまであったでしょうか。
最後まで自分を貫いて生き続けたマーラーの姿すら見えた演奏でした。
人生で忘れられない演奏会となりました。
親友からの最高のプレゼントとなりました。
愛知MFオーケストラのみなさま、素晴らしい演奏と体験を、ありがとうございました。
一生忘れられない音楽会でした。
演奏会場では世界一のマーラー研究家、前島良雄先生のとなりだったこともあり、いろいろな音楽的情報を教えていただきました。
前島先生、ありがとうございました。
演奏後の楽屋にて親しいみなさまと。














