今年24年末での引退宣言をしている井上道義さん。

昨シーズンもN響と素晴らしいショスタコ10番を聴かせてくれました。N響との最後の定期は13番の「バビ・ヤール」。

前半は定期では珍しいシュトラウス2世のワルツでスタート。

カッコウの鳴き声を模した笛に大きなアクセントと間をつけていました。ただ編成も小さくこのホールでは厳しいです。

続いてはショスタコーヴィッチの舞台管弦楽のための組曲第一番。シャイーとコンセルトヘボウの録音でしか聴いたことがありません。金管やアコーディオン、サキソフォーンが加わりリズミカルな

テンポは常に伸縮し変化をつけながらで、メランコリックな旋律と和製がなかなか真っ直ぐに進んでいかない感じです。表面上は軽音楽風ですが、サロン風でもあり、シニカルでもあり、一筋縄ではない印象を受けました。


後半の「バビ・ヤール」。長年音楽会通いをしていますが、実演ではようやく初めて聴くことになりました。男性ばかりの独唱と合唱(70名くらい?)に16型のフル編成で金管・打楽器も多く、巨大なNHKホールをものともしない大迫力の壮絶な演奏となりました。井上さんとショスタコーヴィッチの組み合わせは今回も素晴らしいものでした。指揮ぶりはあちこちに棒が飛んだりスライドしたりダンスも入るのですが、不思議なことに音はちゃんとしています。

「バビ・ヤール」は今のウクライナ、キーウ(キエフ)郊外の渓谷で、ナチスによるユダヤ人の虐殺が行われた場所。いままでオーディオで流しながらだったのを、初めて歌詞と向き合って聴きましたが、テーマがあまりにも重い。プログラムの歌詞は、ロシア語のキリル文字ではなくアルファベットに変換したうえで対訳がロシア文学翻訳の第一人者の亀山郁夫さんだったので秀逸でした。

曲想はショスタコーヴィッチでは常に議論される、作曲当時の政治的なものも含めて不協和音や重々しいリズムでひたすら暗く重い。最後の楽章はフルート2本の和音などで少しだけ明るさが増しましたが、歌詞の重さも全曲通して通奏低音のようにつきまとい、オーケストラの陰鬱な大音響で気分まで憂鬱になります。

バスのアレクセイ・ティホミーロフは大きな体躯から堂々の押し出しで迫力満点。身体が楽器そのものです。

合唱のスウェーデンのオルフェイ・ドレンガル男性合唱団も素晴らしく、コンサートマスターは先月ソヒエフとの演奏でソリストを務めた郷古さんだったのも良かった。若くしてのゲストコンマスですが、もう板についている感じです。

終演後も鳴り止まぬ拍手でスタオベに。納得の演奏でした。

本当に引退するのか?もったいないです。