始めにお断りしておきます。長文です。


フランツ・シュミットのオラトリオ「7つの封印の書」、9月の東京で二週連続でN響と東響が取り上げました。非キリスト教圏の日本でこのような大曲が1週間のうちに2回の同曲異演。世界中探しても、おそらくこんなところはないでしょう。


N響

https://www.nhkso.or.jp/concert/202609A.html?pdate=20260912


東響

https://www.kawasaki-sym-hall.jp/7siegeln/


N響は首席指揮者のルイージがダラス響やデンマーク放送響などですでに取り上げていて、両楽団との実演がYoutubeにアップされていて、お気に入りの曲のようです。

初めて聴く曲ですが、私は基本的に予習はしないで臨みます。

しかし、この大作はそれではだめでした。テーマは「ヨハネの黙示録」。完成は1937年、シュミットが亡くなる2年前、初演はその1年後の最晩年の作品。それまで他の人が作曲しなかったテーマだったそうです。

プログラムの解説や、実際の歌詞を見ても、苦手な宗教的な内容も、これまで聴いてきた声楽曲、宗教曲とは勝手が違いました。全体像もストーリーもわからないまま終わってしまいました。

N響はNHKホールの大きな容量を生かした荘厳で筋肉質な響きに聴こえました。ルイージはやっぱり声楽曲がいいですね。


東響までの1週間で、慌ててミューザ川崎の特集ページで付け焼き刃の学び。よって、今回は東響の感想がメインとなります。

有料ですが音楽学者の広瀬大介さんのオンライン事前講座もあって↓、これが大いに助かりました。

プログラムだけでは理解できない背景や、作品の全体像、黙示録との関連、キーのメロディーやその意味するところをわかりやすく説明されていました。ドイツ語の対訳もご自身で作られ、何より聴衆にメッセージが伝わるわかりやすい講座でした。こう言う方がプログラムを執筆していると説得力がありますね。


https://teket.jp/12472/70817

https://teket.jp/12472/76725


東響の公演、音楽監督就任以来暗譜を続けていたヴィオッティもさすがにこの日は譜面を置いていました。

オケは弦が16型、管楽器は3管編成、金管はホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ1だったと思います。打楽器はティンパニー含めて5名、オルガンは舞台上の演奏台(コンソール)で。



歌手はヨハネが上手、コントラバスと管楽器の間に、神の声のバスがパイプオルガンの手前に、その他の4名の歌手は下手の左奥ヴァイオリンの後ろ、その後ろにオルガン。

合唱はPブロックに130名ほどでしょうか。マーラーや新ウィーン楽派より後の時代にしては編成は比較的シンプルですが、歌手・合唱が入るので大編成ではあります。曲全体で歌詞が多く、オーケストラのソロは通常の演奏会よりはあまり目立たない印象でした。


第一部の暗く殺伐とした歌詞と比べて、休憩後の第二部の方が馴染めました。

オルガンの独奏は前後半ともにあり、ミューザのクリアな空間に広がる大音量は圧巻でした。

後半の第18曲「最後の審判への召集」、独唱の四重フーガは4人のメロディーと歌詞が異なっているという複雑な構造。

7つの封印、7つのラッパなど、数字の7がよく出てきます。7つのラッパはトロンボーン、チューバとトランペットの7台のことのようです。

ソロが目立つことが多い金管ですが、ここではトロンボーンとチューバに始まって、トランペットの3番(第5の災い)、2番(第6の災い)奏者で輝かしいモチーフがリレーされていき、金管群のコラールも美しいものでした。

終曲直前、3度目のバスの登場に続いて、これでもかとハレルヤが続く部分は、全体的に殺伐とした曲の中では明るい部分だったのが救いでした。ハレルヤの最後、ティンパニーに打楽器奏者(東響はもうお一人の首席の方だったかも)が加わって、3名で1セットのティンパニーを同時に叩くというレアな眺めはN響、東響とも一緒でした。小太鼓、大太鼓、シンバルなど多様な打楽器を操った上にティンパニーまで叩くのも凄すぎます。


最後は冒頭の4音の動機が金管楽器、管楽器で繰り返され、アーメンの後、全管弦楽とオルガンが壮大な音響で締めくくりとなりました。

長大な黙示録の物語の中に散りばめられた音楽的な伏線が、終盤で次々と回収され、最後には合唱・管弦楽・オルガンの巨大な響きの中ですべてが一つになった感覚でした。すごい構成力です。


N響は休憩なし、この大曲110分間を2日連続で続けたスタミナの凄さ。

東響は休憩あり、中1日置いての2公演。理想は流れが切れない休憩なしでしょうが、現実的には2時間近く演奏しっぱなし、座りっぱなしも大変なので、休憩があったのは良かったです。


歌手は特に全曲出ずっぱりというくらい出番の多いヨハネ役テノール、そしてバスの神の声、出番は3回しかありませんが深々とした響きが印象的、東響の海外勢は、以前も別の演目で共演している歌手陣で素晴らしかったです。

合唱団はN響の精緻さ、東響の迫力と暗譜(!)。


ヴィオッティは、今までの演目と比べて大きな構えで劇的な振りをしていました。36歳でこの大曲を指揮するなんて、しかも12年前に東響でプロデビューしたばかりなのに、指揮者人生何周目かと驚いてしまいます。


それにしても、歌詞に出てくる戦争、天災(地震、火災、水害)などの不穏な空気はまるで今の時代を予言していたかのように感じられます。

1回目でギブアップしないで良かったです。これほどの大曲、最初で最後かと。貴重な経験でした。明るい曲というわけではないのでまた聴きたいかというと微妙ですが、歌の情報量が多く聴き手にも問いかけられるような感じで、演奏頻度は少なくても後世に伝えられる曲になるかもしれません。

チャレンジングで大規模な曲目の公演実現に向けたN響、東響の演奏者、関係したすべての方に、敬意を表します。



ミューザではせっかくの熱演に水を差す残念な出来事が。

前半の演奏開始から10分と45分に2回、3階と4階の右側(R)の席のいずれも老人の携帯が鳴りました。2回目は鳴り止まず、静かな部分だったこともありヴィオッティが演奏をストップ。

係員は何もせず鳴り止むまで放置。

7月のサマーミューザの仙台フィルの時も、同じことがあり高関マエストロが演奏を止めて、聴衆に対して携帯をオフにするよう促していました。

真剣に演奏しているところを邪魔された演奏者の方が意思表示しているのに、いつまで野放しにするのでしょうか。

人生で初めて、ホール係員に対し静かに落ち着いた口調で、対策を取るよう申し出しました。他の方からも話があった、今後の対応を上と協議しますとのことでした。