2011年齢はビンラディン、カダフイ、そして今日の金正日総書記と独裁者が次々に消えていった年でした!
そんな時、
ふと、昔、勉強した-祇園精舎-を思い出しました。



↑の意味は

祇園精舎にある鐘の音は、
諸行無常の教えを唱えるかのごとくに鳴り響きます。
釈迦入滅の時に白色に変じたという沙羅双樹の花の色は、
あたかも盛者必衰の道理を表しているかのように思えます。

驕り高ぶった人も、いつまでも驕りにふけっていることはできません。
それはあたかも春の夜の夢のように儚いものです。
勇猛な者でさえついには滅びてしまうものです。
それはあたかも風の前の塵のようなものです。

もっと、砕けて言えば

 ぎおんしょうじゃのおてらのかねのおとって、いつもちがうおとにきこえるよ。
 さらそうじゅのはなは、ひとがしんでしまうようにしろいいろにかわるんだって。
 えらいひとも ずーっとはえらくない、まるではるのよるにみるゆめみたいにあっというまのできごとだよ。
 つよいひとも、いつかはまけてしまう。
 かぜでちりがとばされるみたいに あっけなくね...


昔の人はこんな哲学を持ってたなんて……素晴らしい!

やっぱ、こんな時代は宗教的な思想は必要かも(^^)v





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