我が地元の球団で日本一になったソフトバンクホークスですが
主力投手の杉内選手がFA宣言するようです
非常に残念な話です
ホークスFANは皆さん同じ思いでしょう
もし、企業でも主力の社員の欠員が出た場合(病気や退職等)にどうなるでしょう?
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結果は、何とかなるものです
自分に危機感が迫ったら、皆は乗り越える力を持っているのです
それを常に発揮しているかどうかが成功への分かれ道だと私は思います
要は、普段からの気の持ちようですかね
私の町は終戦直後まで石炭の町として栄えました
現在では小さな市ですが、当時はかなりの人々がいたようです
↓これは、石炭を掘ることによってできた山です(かなり画像が悪いですが)
燃焼が石炭から石油へと転換されたことで、人口は一気に減り、経済が衰退し、さらには職を失う人たちが増加したことにより、生活保護の受給者が増えました
何かの転換期には、生活環境がかなり変わるものです
この不況の中、いつ環境の変化が起きるかわかりません
環境の変化に耐えうる思考が必要だと改めて思います
先週、祖母が亡くなりました
享年96歳です
私は、両親が共働きだったというのがあり、完全なおばあちゃん子でしたので、祖母の死にはとても辛いものが
ありました
祖母が亡くなったという連絡が入ってからは、バタバタと通夜と葬儀の手配に追われた慌ただしい時間が過ぎ
るのみでしたが、葬儀が終わってから、祖母の死に対する悲しみがジワジワと襲ってきたのと同時に子供の
ころの思い出が次々に蘇ってきました
突然の死というものは、こころの準備もないため辛いものでした
おばあちゃん・・・・
また、逢いたいな
昨日、中1の娘から
「数学教えて」
と頼まれ、何十年かぶりに一次関数の文章問題を解きました。
何とか解けましたが(`_´)ゞ
そこで感じたことですが
娘たちは何かと数式を覚えさせられてる感があります
確かに数式は覚えて活かせるものですが、何故この様になるのかを理解しさえすれば、覚える必要のないものもあったのです
暗記するということは、いつかは忘れます
理解すれば、忘れにくいものです
また、応用も効くはずです
我が子は
「学校の勉強って大人になって役に立つのか」
といつもいっている中で、この様な勉強の方法は如何なものかなとおもいました。
だから、娘には
「この部分は理解しなさい!暗記しなくてもいい」
と教え、また大人になった時にこんな時に役に立つだろうと説明しました
娘は納得してくれたかどうかはわかりませんが(^_^)
iPhoneからの投稿
前回の話の続きにはなりますが
悩み(ノイズ)から開放される方法として
「今の自分の行動に意識を集中する」
というものがあります
人はなぜ悩むかというと、悩む余裕があるというか悩み考える余地があるからです
絶えず、今していること
「文章を書いている」
「筋トレしている」
「読書している」
「食事している」
「会話している」
「遊んでいる」
に集中すれば、悩むことも少なくなるはずです
禅語に
「日々是好日(にちにちこれこうにち)」
という言葉があります
多くの人は「今日も一日よい日でありますように」と願い、無事を願うものですが
現実はその願いの通りにはいかず、問題が起き、悩ませられることばかりかも
しれません
しかし、どんなに日々に起きる好悪の出来事があっても、今日は二度とない一日
であり、かかけがえの無い一日です
この一日を一生懸命に生きることができれば、まさに日々是れ好日ということです
時の時とするときは来ない、只座して待つのでなく主体的に時を作り充実したよき
一日一日として生きていくところにこの語の真意があるそうです
今を一生懸命に生きるためには、ノイズを除外しなくてはなりません
ある仕事を任せられたとき
「これは以前失敗したパターンだ!また失敗したらどうしよう!」など
過去や未来に囚われずに、今この時間に集中して対応することこそが
成功への近道なのです
あるとき、勝海舟のもとに弁舌のたつ男が政治について論じにきたそうです
しかし、かなりの弁舌に海舟はただただうなずくだけとなったということです
その男は、海舟を論じ伏せたと意気軒昂(いきけんこう)になり、西郷隆盛への紹介状を書いてもらうように海舟に頼みました
海舟は次のように招待状に書きました
「この人すこぶる意気軒昂。拙者を論じ伏せたり。ついては貴殿を論じ伏せに参りたいとのこと、よろしく対峙されたし」
この紹介状をもってこの男は隆盛に会いに来ました
紹介状を読んだ隆盛はその男に
「私は先日霧島に猟に行った帰り、16銭出して馬鈴薯を買い、腰につるし歩いていたら狐にだまされて道がわからなくなりました。3、4日間山中を迷って、ようやく帰宅できました。このようなていたらくで、とても政治の話などできませんぞ。」
男は話もせず、海舟の下に訪れ
「西郷という人はとてつもない人です」
と答えたそうです
隆盛は男を論じ伏せることではなく、負かすことができたのです
行いは思考を超えることはなく
思考は行いを超えることはない
大きな行いを行うには大きな思考が必要だということです
論理的考えになるために・・・
前回は「壊れにくい自分をつくる」ことについてお伝えしました
今回は「論理的な考えになる」ことについてお伝えします
まずは・・・
気晴らしの方法をとらないことです
気晴らしは一時的に自分の気持ちを和らげるものでしかありません
根本的な解決ではないのです
根本的な原因に目を背けずに、事実は事実として受け止め、自分の気持ち
を変える改善策を模索することです
それも論理的にです
たとえば、
こう考えることにより自分にメリットはあるのか?
本当は大した問題ではないのではないか?
自分だけが問題視しているのではないか?
等々です
ただし、決して気晴らしを否定するつもりはありせん
気晴らしで良い方向に向かうことも多々あるとは思います
つぎに・・・
問題には代替の解決案があるということです
もしも実行した解決案で失敗しても、他の代替案があるはずです
そもそも人生の問題には解決策は1つではないのです
算数のように1+1=2ではないのです
100%正しい考えはないのです
失敗しても望みを捨てずに、解決案を模索し続ける努力を怠らないことです
つぎに・・・
真剣に考えすぎないことです
真剣に考えすぎて、失敗を深刻なものと悩まずに、改善する努力に意識を向けましょう
悩むだけで解決するものなどありません
つぎに・・・
「~ねばならない」という考えにならないでください
物事を絶対的な考えで見ると、そのことだけに意識な向き、それ以外の結果を受け入れなくなります
物事は立体です。人には色々な考えがあるように、物事も上下左右表裏の見方があるのです
つぎに・・・
自分と人を無条件に完全に受容することです
人はみな大なり小なり、愚かで悪くて不道徳な行動をします
しかし、それに対し、自分や他人自体を評価してはいけません
自分や他人は、たまたま考えや行動が間違っていたか、考えが合わなかっただけであり
自分や他人自体の人間性の問題ではないのです



