尖閣諸島沖の排他的経済水域(EEZ)で不法操業する韓国はえ縄漁船「プ・ギル」
1948年6月中華民国軍機が尖閣諸島を管轄する石垣村へ飛来し、旧日本海軍白保飛行場に着陸
1970年9月中華民国の新聞社が探訪隊を派遣し、魚釣島に青天白日満地紅旗を掲げた不法上陸が発生。屋良朝苗・琉球主席は八重山署に命を出し撤去させる。
1978年4月100隻の中国大陸の武装漁船が尖閣諸島に接近し、日本領海で不法操業を行なう。以後武装漁船は300隻以上に及ぶ
1979年5月学術調査の沖縄開発庁に中共の抗議で外務省は「有効支配を宣伝する行動は慎むべきだ。国益を考えるならばそのままの状態にしておいた方が良い」と不信感を表明した。
1990年8月魚釣島の日本領海内に侵入し『台湾全島運動大会』聖火リレーを行なった
1996年9月香港の抗議船が尖閣諸島領海へ侵入
1996年10月中華民国と香港の保釣運動活動家による41隻の大船団が日本領海内に侵入。4名が魚釣島に上陸し、青天白日満地紅旗と五星紅旗を掲げる。台湾・香港TVメディアが映像を流す。
1997年5月30隻の中華民国抗議船が尖閣諸島に接近し、3隻が海上保安庁の警告を無視し日本領海内に侵入。
1997年7月中華民国の船1隻が尖閣諸島の日本領海内に侵入した
1998年6月香港と中華民国の抗議船6隻が尖閣諸島の日本領海に接近。 うち香港の抗議船『釣魚台号』搭乗員は、ゴムボートに乗り換え日本領海内に侵入。
2006年7月中共の海洋調査船(山東省の大学)が尖閣諸島・魚釣島の南西約24kmの沖合いを航行
2006年8月中華民国出港の抗議船1隻が尖閣諸島周辺の接続水域に侵入し、巡視船へ向かって投石
2006年10月香港の不審船1隻、尖閣諸島付近の日本領海内に侵入
2007年10月中国大陸出港の抗議船1隻、尖閣諸島付近の日本領海内に侵入
2008年6月台湾の遊漁船、尖閣諸島沖の日本領海内に侵入。巡視船が追跡し衝突し遊漁船が浸水後に沈没。乗員を全員救助。日本政府は、遊漁船へ賠償金を支払う示談で解決。領海侵犯責任を追及せず。乗組員全員が日本政府から賠償金を翌年4月までに受領し対日非難の急先鋒で遊漁船を支援した周錫瑋台北縣知事が対日勝利宣言する。
2008年7月台湾大学海洋研究所の海洋調査船『海研1號』が魚釣島の南西22kmの日本領海内を航行。巡視船の注意を無視し約3時間の領海侵犯を続ける
2008年12月中共国家海洋局の海洋調査船『海監46号』と『海監51号』の2隻が航行し魚釣島の南東6kmの日本領海内を警告無視し9時間以上も侵犯。その後、中共海洋気象局は、海洋調査船を日本領海へ侵入させたことにつき「(この海域が)中国の主権であることを実際の行動で立場を示した」と北京市内の会議中に発表。
2009年6月台湾の漁業調査船が、警告を無視し日本のEEZ(排他的経済水域)内で調査活動実施。水域内を数日間にわたり航行。
2009年6月台湾の海洋調査船『海研2號』魚釣島沖南西80km日本のEEZ内に侵入し調査活動を実施
中国が尖閣諸島近くで試掘の平湖油田、対中輸出に影響を怖れる自民党政権下で強行された
尖閣諸島「警告板の設置作業者を」 2009/8/15 八重山毎日新聞
1970年7月、不法入域を防止する目的で尖閣諸島に警告板を設置した琉球政府(当時)
者らを探している。警告板は、台湾人の操業や上陸が多発していたことを受け、琉
球政府が「尖閣諸島の各島に不法入域を防止するための警告板の監督及び不法入域
者の調査」を比嘉さんに命じて設置させた。
比嘉さんら設置班の一行は23人。厳しい自然環境下での作業を遂行するには尖閣諸
島海域を熟知する屈強な船員が必要だとして、カジキ突き漁を専門にしていた与那
国の第三白洋丸(乗員14人,150トン)をチャーターした。一行は7月8日から6日間で魚
釣島、北小島、南小島、久場島、大正島で計7カ所に建てた。米国高等弁務官の命に
よるとして「琉球列島住民以外の者が無害通行の場合を除き、入域すると告訴され
る」と警告した。警告板は支柱を含めると重さ230キロ。陸揚げ作業に神経と労力を
使ったほか、上陸用ボートが座礁して浸水するトラブルも発生するなど、作業は困
難を極めたという。比嘉さんは「苦労して設置した警告板も今では支柱を残すの
みと聞くが、願くば作業班の面々と再会したい」と話している。
*自民党政権下で荒れるに任せ領有権宣言の警告板も風雨で消えた。なお警告板の写真を7/8ブログで載せてます。
琉球政府が外交権を持たない米国施政権下、尖閣海域で中国兵の狙撃で亡くなった第三清徳丸の乗組員がいた。自民党政権は素知らぬふりで琉球政府に代り賠償請求さえしなかった。忍耐強く米軍と交渉し不屈の情熱と知恵で護った尖閣諸島。竹島を事実上は盗られるに任せた自民党に沖縄県民のような知恵と情熱があれば今日に至る領土問題を招かなかった気がする。日韓国交正常化の裏に賠償ビジネス参入で竹島密約取引さえ疑う。米軍と交渉しながら沖縄県民は生命かけ尖閣の領土を死守した。沖縄が日本返還後、自民党政権は領土問題で腫れ物に触るなと軟弱姿勢で中国の主張を許し尖閣沖での開発強行さえ招いた。そして民主党政権も自民党の軟弱外交を踏襲した。1973年に東京ホテルグランドパレスから金大中氏がKCIAに拉致された。拉致は南北共通で韓国政府は西独でも実行した。西独は国家主権侵害と外交団を引き上げ強硬姿勢で現状回復させた。この国の歴代政権は国家主権を簡単に放棄する。歴代自民党政権と民主党政権は国家の態を為していない。
*過去に行なわれた原子力村のお手盛り海外旅行を現在調査中です。たぶん今まで日本のマスコミが見ぬふりで報道しなかった。判明した実態を可能な範囲で近日中に発表します。原発の火が消える日まで関係者に対する不正追求の手を止めません。未来の日本人へ美しい日本を護る義務が我々に課されると確信します。
余談:軍事政権の圧制に苦しむ韓国人は70年代から欧州や米国に出稼ぎに出た。外国人といえ人権を護った西独は多くの韓国人にとり人気だった。炭鉱夫の娘はケルン音楽大学でピアノを学びケルン大学神学部で哲学を学び音楽活動を始めた。彼女はクリプテリアでボルシア・ドルトムントのテーマソングUnser Stolz Borussiaを唄う曺智仁 Ji-in Choだ。ドイツに帰化し彼女は開幕試合と祝賀会で唄う。クリプテリアのヘヴィメタルも好いよ♪
http://www.youtube.com/watch?v=IKv38Hu9K0w&feature=related