水木しげる氏の本を図書館で予約した。
ずいぶん前の新聞の特集に、「手塚治虫と水木しげる、あなたはどっち派?」 というのがあり、その記事を切りぬいたものが見つかった。
当時は断然、手塚治虫派で、「ブラックジャック」や「ブッダ」などほぼ全巻とりそろえて何度も読みかえしたものだった。
もちろん、水木氏の「ゲゲゲの鬼太郎」も、アニメとしてテレビで楽しんだが、あくまでも漫画のキャラクターとしての位置を超えるものではなかった。
今回、その記事を見て、どうしてか、彼の漫画を読みたいと思った。
”妖怪”とはつまり、生きている人ではない。そうかといって、死んでしまった人でもない。
生と死、その中間に位置するもの。
両者をつなぐ存在。生者未満、死者以上――。
そのことに惹かれるものがあったのかもしれない。
予約したのは「のんのんばあとオレ」「河童の三平」。
いずれも、水木氏の原点になる経験をもとにしたものだそうだ。
わたしが最近経験した死は、圧倒的な「無」であった。
徹底的に火葬されたからだには、魂の居所などないように思われた。
その記憶が、やり場のない恐れと絶望を生み出した。
抗うように、なにか身の回りで不思議なことが起きると、「今のって、霊魂が来たんじゃない?」などと言って、偶然のできごとと死者を結び付けて、何とか慰めを得ようとした。
彼の描く妖怪の存在は、そうしたナンセンスといえるような願望にYESを言ってくれるもののように思える。