映画『箱の中の羊』を見る。
是枝監督の作品を見るのは、『万引き家族』以来である。
たまたま薬局のテレビで放送していたワイドショー番組で紹介していてこの作品のことを知った。
一体、なにがきっかけになるかわからない。
おおよそ生活の大半は、こんな偶然に彩られているようである。
さて、作品はというと、前作もそうだったが、是枝作品に登場する男の子役は、きれいな子が多い。
妙な言いかたかもしれないが、”きれい”とはつまり、大人になったら美女になるのではないかというような男の子だ。
今回も、ヒューマノイドという人型ロボットという設定ではあるが、採用された子役は、とてもきれいな子である。
話しかたも、演技指導の成果もあるだろうが、たどたどしいところも含めて、とてもかわいらしい。
亡くなった子供の代わりを務めるにじゅうぶんな雰囲気を持ち合わせている。
映画を見る前に検索した口コミでは辛口のコメントもあり、突き詰めて考えれば、なぜいきなり森に帰ることになるのだろう……と疑問も残るところもあるが、そうしたことも、「人間の勝手な過去から作り出された」とか、「親は子供に捨てられるもの」というセリフを導き出すための伏線だったということがわかる。
曖昧模糊としたものほど、見る人によって味わいが変わるのだろうと思う。
先日、amazonから『絶望明言』という本が届いた。
NHKの『ラジオ深夜便』から生まれた本だそうだ。
この本の存在も、偶然(なにがきっかけだったか忘れてしまったが)、知ったのである。
表紙には副題として、「明けない夜もある」と書かれている。
これがこの本のテーマのひとつのようでもある。
ずいぶん前、職場の人間関係について相談したカウンセラー氏から、「明けない夜はないから」と励まされたことがある。
その時は、そんなものかな、と思った。
そして転勤したことで、その場での人間関係は終了し、どうやら”明けない夜はなかった”ように見えた。
しかしわたしがわたしである限り、同じようなことは繰り返される。
明けて朝にはなったが、再び夜はやってくるのである。
その点、「明けない夜もある」ときっぱり言い切ってもらえると、合点がいく。
同じような思いをしている人もいることがわかれば少しばかり(本当に少しだけど)救われるような気もする。
明けない夜もあるが、真っ暗闇だからこそわかる光のありがたみというようなことか。
心理系、生きかた本の類のほとんどが、そのままでいいよ、ありのままでいいよ、と言いつつも、背中を前に押すものが多い。
どれもこれも前に押そうとするばかりで、「わかっちゃいるけどとてもそうは思えない」からこそのしんどさを感じることも多い。
思っていたよりも分厚い本である。
意外なことに、向田邦子さんの作品からの引用もある。
映画は2時間で終わってしまうが、本は(ブックオフに売らない限り)ずっと手元にある。
一気読みしないで、ゆっくり味わいながら読んでみたい。