2月6日は、父の受診日であった。

心筋梗塞の発作が起きてから2か月。

長かったのか短かかったのかよくわからない。

とりあえず乗り越えた。

90歳という年齢を考えると検査結果がどうあれ、手放しで喜ぶことはできない。

病は治せても老化は防げないという当たり前の事実がいつも目の前にぶらさがっている。

 

病院までの往路は、初めて介護タクシーを利用した。

民間のタクシーの運転手さんも親切だが、介護専門のタクシーのほうが、手を貸してもらうのに気持ちが楽である。

それでいて低料金。

需要が多いらしく、ずいぶん前から予約が埋まってしまうということだ。

 

車いすの操作のしかたも少し慣れた。

不案内な院内を、車いすを押してやみくもに突き進む感じだったが、余裕ができた。

移動時以外は、ブレーキをかけておくというきまりも頭にはいった。

たたみ方も覚えた。

コントロールのほうはいまひとつで、座って待っている人の足の上に危うく乗り上げそうになったが、足を引っ込めてくれたおかげで回避できた。

診療科の性質上、酸素ボンベを引いて歩いている人も多い。

高齢の患者さんが多い。

総合病院にはないような、どこか譲り合いの雰囲気が漂う、普段はのんびりした感じの病院である。

が、それなりに大きな病院なので重症の患者さんも多い。

父が心電図の検査を受けている間に、隣の検査室で肺活量検査を受けていた人の体調がすぐれなくなったようで、再びAED騒ぎとなった。

院内全体にエマ―ジェンシーコールのような放送が流れて、職員が大集合した。

前回の受診時も同じようなことに出くわした。

2日行って、2日ともそういう事態に出くわすということは、しばしばこういうことが起きているのだろうか。

検査も命がけである。

前回は、鉛筆とメモを持った職員ばかりが大勢集まって、肝心のストレッチャーがなかなか届かなかったが、今回はその時の反省からか、(患者さんはひとりなのに)2台もやってきた。

突発的なできごとが起こると、ちぐはぐになるのは、プロ集団でも同じなのかもしれない。

ストレッチャーの通行の邪魔になるからと、しばらく待機させられた。

 

栄養指導室での栄養指導も、今回の受診メニューに含まれていた。

指導されても父の頑なな偏食は治らないが、メロンパンだのプリンだの、多少甘くても、カロリーがとれるものを食べて構わないと言われて父は嬉しそうである。

病院の食堂でカツカレーをほぼ完食、そのあとデザートに桜餅を食べていた。

場所が変わると、食欲も増すようだ。

行き先がたとえ病院でも、家に閉じ込められた生活より、家族もひと息つける。

翌日には、ケアマネさんが、ひと月に1度の訪問を繰り上げてやってきた。

エアコンの不調で電気屋さんが来たり、保険会社の人が営業に来たりした。

御用が済むとみなさんそそくさと帰っていったが、そうした御用がらみの訪問でさえ、社会と細い糸でつながっているようで、ガス抜きができる。