父が再び入院した。

今度は腸閉塞である。

腸の手術をしたことのある人のかなり高い割合で起こる症状のようだ。

父も初めてではない。

前日から痛みの波があったようだが、夜中あたりからしつこい痛みに変わった。普段めったなことで「痛い」と言わない父が「痛い」とはっきり言った。

 

救急車を呼ぶ手順も、持っていく手荷物も、手慣れたものになった。

午前5時前、119番。空はまだ暗い。赤色灯が、周囲の塀や門、木々を赤々と照らす。ピーポーという馴染みとなった音を背後に聞きながら、車内で、通報までの経緯を説明する。最後に固形物を食べた時間や、魚を食べたかどうかの質問については、正確に答えられずにどぎまぎとする。

搬送先の病院までの道々、道路標識が一瞬赤く照らされては再び暗く陰る。

今回は循環器の病気ではないので、何度か受診したことのある総合病院への搬送となった。

待合室で、これまた馴染みとなった書類に記入しながら、検査結果を待った。

イリウス管というものを鼻から挿入して腸を休ませて、一週間ほどしたら経口食を試してみるそうだ。

それでだめなら手術もありえるとのこと。

管挿入がうまくいく確率を質問すると、五分五分とのこと。

それが高いのか低いのかわからないが、実際に起こってしまえばそれが100パーセントだ。そもそも、数字などあまり意味がないのかもしれない。

年齢を考えた場合、手術にするかどうか、そこでまた決断を迫られるだろう。

入退院を繰り返すたびに父は衰弱していくように見える。本来だったら治療のたびに病が癒えて元気になっていくはずなのに。そこが高齢のゆえんだろう。

ICUの父に面会して、母と病院の食堂によって朝食をとった。

ここのパンは焼きたてでおいしい。せめてもの楽しみ。

昨夜から一睡もしていないので長い一日となった。

 

昨年の12月初めから始まった父の入退院。銃口をいつも向けられているような状況は変わらないのだが、緊張感は続かない。

その代わりというとおかしな話だが、医療・事件関係のドラマをよく見るようになった。

本にしても、医療ミステリーものを読み終わったばかりだ。今まで手にすることのなかった分野だ。

テレビのドラマからくる緊迫感は耐えることができる。必ず解決されるからだ。

現実の耐え難い緊迫感を、そうした受け入れやすいものに置き換えているのかもしれない。