おととい2日は父の一周忌、葬儀社から花束が届いた。

気の利いた葬儀社は一周忌に花束を贈ってくる、という話を聞いたことがある。

気が利いた、利いていないというよりも、ただ単に、高い葬儀代に含まれていたのだと思う。

確かに、「命日を覚えていてくれたのね」と印象はよくなるだろう。

次回も当社でよろしくね、という不謹慎ながらさりげないアピールにもなる。

 

死は圧倒的な「無」である。

それでも時に、「死者はいったいどこで何をしているのだろう」と思うこともあった。

そのあいまいな存在にとまどう1年だった。

 

いただいた花束は、大きな白い菊数本のまわりに、薄紅のカーネーション。

薄紫色の紙に包まれ、同色のリボンできっちりと結ばれて、品よくまとまっている。

リボンを解いてしまうのがもったいないほど。一応スマホで写真を撮り、仏壇の父に見せた。

しかし、花束を見ることはもちろん、叔父からいただいた供物の羊羹を本人はひと口も食べることができない。

残念だったね、お父さん。

近所の遊歩道にはあの日と同じ、桜が咲いています。

 

実家に引っ越してきてほぼ3週間。

昨年から、自宅と実家を往復していたので、違和感はない。

目覚めたときに、「今日はどっちの家にいるんだったっけ」と思うこともない。

ひとり暮らしが懐かしく思い出されるのではないかと予想していたが、意外なことに、そんなこともない。

むしろ、母の安否確認が不要になったこと、本や洋服などが、あっちの家とこっちの家に分散して不自由だったのが、1か所になってむしろ便利になったことは大きい。

確かに、コンビニが歩いて1分というわけにもいかなくなり、図書館や区役所は遠くなり、かかりつけのクリニックもそのままなので、いいことばかりではない。

それでも敢えて、不便なところには意識を向けないようにしているような気がしないでもない。

いったん懐かしみ始めると、ズドンと落ち込むのではないかという警戒心があるのだ。

 

「さっきも言ったよね!」「何回も言ったよね」「もお~、どこにしまっちゃったのよ」などという母とのやりとりは、相変わらず。

むしろ同居したことで増えた。

価値観の違いからくる言い合いもある。

「いつまでもとっておかないで、捨てて捨てて!」という場面があるかと思えば、「なんで捨てちゃったのよ!」という場面もあり。

それでも、「チューリップが咲いたわ」などといううれしそうな声が庭先から聞こえると、先ほどのとんがり気分が和んだりもする。

 

「ああ、デイサービスに行ってて欲しい!」とあれほど思ったのに、ちょっと帰りが遅いと「なにかあったのかしら」とざわざわする。

その”ざわざわ感”は、幼児の時、母親の帰りが遅い時に感じた”ざわざわ”と同じほど強烈である。

無事にデイから帰って来ると、先ほどのざわざわ感はあとかたもなく消失するのだが、帰るなり「やっぱり家が一番いいわ!」などと言われると、今度は疚しい気持ちが湧き上がる。

朝、デイのお迎えの時間よりも30分以上も前からリュックを背負い、玄関の三和土にちょこんと座ってお迎えを待ち構えている姿を見ると、いとおしいような、疚しいような気分がマックスになる。

デイサービスの連絡帖に、「お仲間とトランプやゲームをして楽しそうだった」などと書いてあるとホッとするが、本人にしてみればむしろ、1日中座りっきりでお尻が痛いのだそうで、これは事業所側が都合よく見立てているのだろうか? などと、本人との温度差を感じることもある。

それでも、トランプで七並べをするたびに、「わたしが勝った」のだそうで、その真偽はともかく、それなりに楽しんでいるようではある。

 

母を連れて床屋に行く。

駅前の床屋は、父が御贔屓にしていた店だ。

スタッフは父のことを覚えているだろうか。

付き添いとして来ていた母を思い出しただろうか、などと考える。

 

仕事をしていた時には一応それなりに値の張る美容院に行って、「うしろの髪の毛が多いのでボリュームをなくしてください」だの、「横は耳が隠れる程度に、前髪はメガネのフレームが隠れる程度に」だのと細々と注文をつけていたが、退職した今は、なるべくお安く、白髪頭は二の次、とにかく短くなればそれでいいとばかりに、わたしも通うのは床屋である。

場所も便利だ。

 

本日の母の仕上がりはというと、”ざく切り感”たっぷり。

水木しげるのマンガに出てくるおかっぱ頭の女の子そっくりになった。

さすがに本当のことは言えず、「さっぱりしたね」とほめておいたが、家に帰ってから鏡を見て本人いわく、「なんだ、こりゃ」。

 

それにしても、値段によってこうも切り方に違いがあるのが本当に不思議。

早く仕上げるとそうなるのか、それとも、値段なりの仕上がりを目指すのか。

ついでに、愛想まで悪かったりする店もある。(すべてがそうではないですが、もちろん)

 

かく言うわたしも、今月は”ざく切り”の店で切ってもらった。

今はヘアバンドでボリュームを押さえ、白髪頭をごまかしているが、そのうち伸びてくれば、水木しげるのおかっぱ少女から、おかっぱ婆さんに昇格するかもしれない。

映画『レンタルファミリー』を見に行く。

いろんな事情を抱えた家族の中にはいりこみ、求められた役割を演じる……。

一見おもしろそうな仕事だが、このレンタル会社、家族の派遣だけでなく、苦情処理も請け負う。

強面の担当者相手に土下座したり、不倫相手のふりをして奥様に謝ったりと、かなりシビアな場面に出くわす。

レンタル会社の社長の家族(妻や息子)も、実はレンタルされてきた人たちであるという

”ひねり”には感心させられる。

考えてみれば不思議ではないのだが、想定外である。

きっかけは確かに「レンタル」契約だが、契約を超えたところに本当のつながりができるという結末には、気持ちが和む。

 

わたしだったら、どんな役割の人をレンタルしたいだろう、とふと考える。

社長自身ががレンタル家族を見限ったのと同じように、最初はおもしろくても、自分の描いたシナリオ通りにしか動いてくれない人たち、というのはやはり物足りないかもしれない。

退職の申し出から手続きまで代行してくれる会社が(良くも悪くも)話題になったが、事務的な目的のためのレンタルだったら便利ではある。

有料老人ホームの見学に母と行く。

10年以上前にも、老人ホームの仲介業者の案内で何か所か見てまわったが、当時は

両親とも介護認定も受けておらず、どこか物見遊山のような、ひとごと気分があり、見学するわたしと母の側に真剣味がなかった。

が今回は、母が88歳となり要介護1、週4日のデイケアでなんとか過ごせているが、人は老いていく。

今日は元気でも、なにかのきっかけで、急速に衰弱がすすむということもある。

父への対応が、後手後手にまわってしまったことが悔いと共に思い出される。

同じ経過をたどるとは限らないが、デイケアの次のステップを考えて、今回の見学となった。

このたびも、仲介業者の車で何か所かまわってくれる。

事前の説明を受けながら、なんだかもの悲しくなる。

仲介業者のスタッフは仕事柄、手慣れたもので、愛想よく、事務的に説明してくれるのだが、それがこちらとの温度差を生む。

デイケアの次のステップ、というのが「ステップアップ」ではないことは暗黙の了解である。

 

午前中に2か所、午後1か所。スタッフの車で見学に赴いた。

プライベートでも、仕事上でも何度も見慣れた光景がそこに広がる。

隣をおぼつかない足取りで歩く母と、目の前の高齢者たちが違和感なく同じように感じられることに抵抗がある。

デイケアで過ごす母を見慣れていないせいかもしれない。

 

食堂が各階にあるか、それとも1階だけにあるか。

各個室にトイレや洗面所があるかないか。

内装に費用をかけているかそうでないか。

備え付けの家具の種類……。

そうした設備面の違いなどは、これといって、選択の決めてにはならない。

そもそも、こちら側に、「こうでなくてはならない」という基準がないのだ。

施設の規則もしかり。

そうなってるなら、それに合わせるしかないよね、といった程度のもの。

明日どうなるかわからない、そこを想定しながら「決める」というのはどだい無理な話である。

いざとなったら、その時の空室状況や懐具合と相談しながら決めるしかないだろう。

1番気になるのは、スタッフや入居者、そこのシステムとの相性だが、それは入ってみないとわからない。

 

午後に見学に行った施設では、”ちょうど1階の個室が空いた”ところだと言う。

「今日は空室でも、明日は埋まってしまうかもしれない。24時間の医療が必要なかたは入居審査を通らないと思いますけど、お母さまはお元気なので、その点は有利に進むと思うんですよ」と施設の案内をしてくれたスタッフが暗に入居をすすめてくる。

「残りあとわずか!」という言葉は営業の常套句である。

わかっていながらも、その言葉に弱いわたしたち(わたしだけかもしれないが)。

そもそも、“お元気なお母さま”が今スグ契約をする必要があるのか???

 

案内していただいた施設はどこも小綺麗に整頓されており、愛想もよく、「えええッ、ここはダメ」というような所はなかった。

仲介業者が案内するのだから当然ではある。

各階に食堂があると、そのフロアの入居者だけが集まるので、物静かで落ち着いた雰囲気である。

1階にしか食堂がないと、食事時間には各階全ての人が集まってくるので、賑やかである。

静かだと寂しいと感じるか、賑やかだとうるさいと感じるかは、個人の好み。

 

ひとごとのように見学してまわった10年以上前とあまり結果は変わらない。

「まあ、こういう所があるってわかっただけでも安心だよね」と結論付けて本日の見学会は終了。

夕方5時をまわり、いつのまにか西日が差している。

家まで送ってくれるというのを駅で降ろしてもらい、ファミレスで食事して帰宅した。