また誕生日がやって来る。

毎年この日を何とも複雑な思いで迎えるが、高齢になって来て、近年は、今の自分の在り方、在り位置、方向性を顧みて、確認するいい機会だと思っているので書いておく。

 

誕生日を前にすると、様々な思いが交錯する。

この思いは何なんだろうか?

誕生日になると、「私」という存在を確認したくなる。

今の自分のありようは?どこに居るのだろうか?

誕生日はそんな所を見てみるいい機会だと思う。

 

私という「存在」は、宇宙の源(ソース)から生まれ、源(ソース)に還る、源(ソース)の分身(分けみたま)である、という認識である。

そして、この世(3次元の地球)に魂の進化を目指して来ている。

この3次元地球は肉体を持たないと体験できないので、地球服という窮屈な服を着て、制限の多い地球で様々な体験をしている。ここで体験するために今ここに居る訳だが、劣化する肉体(老化)と共にある存在なので、劣化し賞味期限が切れるとこの3次元地球を卒業するということになる。

卒業するまでに可能な限り、自分の本体の魂の成長と進化を果たしたいと思って日々暮らしている・・・というところ。

 

やはり高齢になって来ると、「老化」を意識せざるを得ない。丁度七年前の今日、警報が鳴り出した踏切を走って転び、右の臀部を殴打した。その時まで私は自分の肉体が老化しつつあることを全く認識していなかった。だからこの時の故障もしばらくすれば回復するだろうと思っていた。今思えば何と浅はかな対応だったのだが、この事故以降私の体は多くの老化現象を見せられていく。

そして今老齢期真っ只中で思うことは、この肉体の老化とどう付き合うかが最大の関心事になっている。

 

先日はせくらみゆきさんがYouT u b eで「内なる叡智に聴いた加齢と老化の真意とは?」と語っていたことが、とても参考になったので引用しておく。

「人はなぜ老いるのか?」に「より本質・本源、真なる自己へと還るため」「外見ではなく内面を大事にするため」

「耳の衰えは?」は「内なる声と繋がりやすくするため」

「目の衰えは?」は「内なる眼(心眼)が開かれていくため」

「記憶力等の衰えは?」は「知識が知恵に昇華していく。直感力や内観力は増していく」

「筋力、体力の衰えは?」は「心の力が増していく」

総じて、「広がりの世界へのシフトアップ」なのだと言っていました。

なるほど!老化を意識する私にとって、とても励ましになる嬉しい言葉でした〜!

 

これまで私は、心(魂)の成長と進化を主に目を向けてきたが、この期に及んでこの肉体に意識を向けることの大事さに遅まきながら気付いた。

「心身一如」ということは、早くから知ってはいたが、中身は十分知らなかったのだと今思う。

この自分の肉体を意識する一つとして、毎朝自分の体を意識する、スキャンすることをやっている。

自分の体の臓器や部位に意識を向けてみると、これまでいかに自分の体の器官や部位に心を向ける事がなかったかが分かり、本当にこの体にお詫びしたくなる。

この体は本当に精妙に完璧に作られているのに、なおざりに扱ってきた事が顧みられる。

体さん!これまで本当によく頑張ってきたね!

と思わざるを得ない。

今ここにきて、この体さんに感謝しかないわけだが、長年のこれまでの癖、生活習慣で日常の些事や物質的、社会事象などに目を奪われてしまっている事が多いのも実情ではある。

やはり「この身体と共にある」をしっかり意識し「この体に感謝!!」を口ぐせにしたいものだ。

 

私という存在は、全てと繋がっているわけだから、繋がる意識も必須条件。

私がこの世に来た意味は、「自分を生きる」、「自分である」を生きることなのだと思う。