このリレーマラソンの主なルールは以下の通り。
- 1チーム6~15人。チーム構成・走順は自由。
- 1人1周(約1.6km)以上走って、次走者にリレーする。
- 24時間での走行距離の合計を競う。
チームメンバーは、サブ3が1人、サブ3.5が3人、サブ4が2人。
チーム名は、メンバーの1人が行っている、やや特殊な練習の「にゃんラン走」から来ている。詳しい説明は省略するが、簡単に言うと、50キロ走を毎週欠かさず行うのがにゃんラン走である。
台風11号の影響を心配したが、雨はほとんど上がり、曇り空の下で10時からレース開始。
個人でも、24時間で250キロ走る人がいるという情報を元に、250キロ(157周)を最低目標にした。キロ5分45秒のペースで達成できる計算だ。
なのに第1走者からエンジン全開。4分前半のペースで突っ込む。チーム最速ランナーの第2走者に至ってはあまりに速く、第3走者として待っていたTOMOZOが見逃してしまうほどだった(ごめんなさい)。さらに普通ならそこで何分でも待つところ、少し待って2周目に向かったらしい。さすがサブスリーランナーである。
そんな勢いに押されてか、チームの誰もが24時間走るには無謀と思えるスピードで走る。皆、速過ぎると感じていたはずなのに、何かに突き動かされるように、全力を繰り返す。初日のみ参加のKさんは、他のメンバーよりも頻繁に走っていたから、さぞかし大変だったと思う(どれぐらい大変だったかは、Kさんがはずれた後に皆が実感することになる)。
気付くとフルマラソンの距離は余裕のサブスリー2時間53分で通過。今になって分かったが、その次もサブスリーの2時間59分。
当然ながらペースはだんだんと落ちて行き、日が暮れると視界の悪さも手伝って、ますますペースダウン。体感温度も下がり、待ち時間でも体力が奪われる。
1周6~7分だった序盤のペースは、8~10分にまで落ちて行った。一時は23位だった順位は明け方には30位台の後半をうろちょろ。初めから分かっていたことだったが、6人では少なすぎた。レース終了の10時までにどこまで落ちるのだろう。50位? 60位? 優勝争いをしているわけではないので、順位が一つ二つ変わったからといってどうでもいいのだが、気持ちは切らさずひたすら粘るメンバー。
日が上り始めると、前日とは打って変わって、気温がぐんぐん上がって行く。これではとても走れない、と思ったのだが、なぜか体力は回復を見せ始めた。
大会スタッフの声援もあって、他チームもやたらと元気に見える。同じ周回のチームが5チームあると聞き、走りにも気合が入る。
「あと1時間! まだまだ行けるぞ!」などと、コニカミノルタの宇賀地選手もランナーを煽りまくる(ありがとうございます)。

早く終わって欲しかった24時間が、残り1時間になるとそう思えなくなるから不思議だ。
最終走者にしてもらったTOMOZOは、最終周ではチームも関係なく無数の人のハイタッチを受けて、ゆっくりと周回し、最後にチームメンバーからの暖かい出迎えを受けた。結局走りに走って188周で35位。もう一回やれと言われてもできないと思えるほど、よくやった。充実感も一杯だ。
でも、トップは274周だから、その3分の2。頑張ったわりには微妙な数字だ。
そこで元気の出る結果を見つけ出すことにした。最初に書いたように、にゃんラン走ズは6人のチーム。参加235チームのうち、6人チームは22チームあった。その22チームで、はたしてにゃんラン走ズは何位だったのか。
結果発表。第3位 168周、第2位 169周、そして、第1位 188周 にゃんラン走ズ。見事、勝手に作った6人部門で優勝! ということは、1人あたりの走行距離では全チームで1位かもしれない。
次に、Wikipediaによると、24時間ロードの個人の世界記録は290.221キロ。188周は300.8キロなので、チームでこれを破ることができた。
それともう一つ。300.8キロは6人で平均するとちょうど50キロ。これこそ、にゃんラン走である。皆が何に突き動かされていたのかが今になってようやく理解できた。ひょっとすると誰かが念力を送っていたのかも、、、。
チームメンバーのみなさん、チームに加えて下さりありがとうございました。もう当分走れません(笑)


