今日は、本題から少し離れた事を書きたいと思います。

僕が住んでいる静岡は、最近雨が多くすっきりと晴れません。 仕事上、雨が降ると大変です。 桜が通勤中の車で見ますが、とても綺麗でそれだけで気分も上がりますが、の雨では台無しですね。 でも、明日から少し予報では雨は降らないみたいで、ほっとしています。 

 ブログって楽しいですね。 今回で五回目ですが、寝る間も惜しんで書きたいぐらいです。 特にランキングを次の日に確認するのが一つの日課になっちゃってます。僕のブログを読んでくれて有難う。

今週もマダ前半戦、明日に備えて寝るとします。

 本当に睡眠は大事ですから。 今日は、主たる文が書けませんでしたが又書きます。 書きたいことは山ほどありますから。 ではまた。


 

今日は休みです。今回で四度目のブログ作成に取り掛かります。

前回は、いきなりの不調について書きました。今回は、その後についてつづります。

 その後、不調が何だったのかと思うような感じで、ただの疲れだったのかと思う日が一週間続きました。 特に病院に行くほどではないかと、思い何の対処もしませんでした。 でも休日はゆっくり過ごしていたとは思います。 

 そして、いきなりの不調から一週間後、今度もトラック運転中にその発作というのか、この時には未だ、何が起こっているのかわかりませんでした。 今度は、気の遠のき、体が重い感じで、力が体から抜けてしまうのです。 しかも今度は、心臓がなんだかおかしく感じ、不整脈なのか?。 とにかく心臓に原因があるのかと感じさせる、症状が、何時間か続き、前回の事もあり救急車は呼びませんでした。でも、今回は前回より、キツイ発作でした。 トラックの寝台で少し横になったから楽になる訳でもなく、とにかく、死んでしまうのかと、又思いました。 何とか、降ろし先まで着いても、寝付く事は出来ません。  というより、何が起きているのか自分でも分からないのです。

 休日はゆっくり休んだし、今までと何か違うことをしていた訳ではないのです。

この日も長距離だったので、とにかく降ろしてから、体の不調を会社に伝え、事情を話しました。  とにかく、今日の予定はこなし、次の日から少し休んで病院で調べてこようとの事。 正直、長距離で遠くの県まで来ているので、会社に着くまでがやっとでした。 でも、何とか自分で自走でなすことが出来ました。 正直、この時にはマダマダ続く不調には知るよしもありませんでした。 

 余談ですが、僕はこの時、仕事、家庭とも円満で、仕事では、新車を提供されて頑張っている日々。家族面でも、子供も生まれ、ちょうど生後六ヶ月ぐらいでした。とても満足した日々を送っていたので、そのときは、これから引き続き起こる体調不良や出来事を予想もしていませんでした。

 今回は、二度目の不調について中心に書きました。 文にするとこんな風になってしまいますが、細かい状態や気持ちは今後沢山つづりたいと思っています。

 今後とも末永く宜しく。

こんばんわ、今回で三回目になりました。 自分は比較的、やり始めたら続けてやる方なので、三日坊主にならず、時間がある時に、続けていきたいです。    今日は、とても午前中中心に雨風強く大変でした。 僕は、静岡に住んでいるので離れた所の方はどうでしたか? ちなみに、前回のブログでトラック運転手であった事を書きましたが、現在は、作業員でトラックにはほとんど乗っていません。 と言うより、近距離では大丈夫ですが、長距離には抵抗があるから乗れないが正しいかもしれません。  では、衝撃的な出来事について少し書きます。  2008年 10月 22日 夜間 トラックで栃木県那須に向け高速道を走行していました。 この日は、比較的新しい仕事ですが、個人的には気に入っている仕事で何って事なく走行していました。 会社のドライバー同士仲が良いので、ソフトバンクで多者通話と言って、ご存知の人は多いと思いますが、沢山の人が一緒にしゃべれるもの。で仲間と会話していました。 それはいつもの事で、過酷の仕事の中での唯一の楽しみとも言える時間でした。  その日はタマタマしゃべっていた数名の中の一人は一緒に前後で走っていました。 その時です、地震かな?  と思う揺れを感じました。 電話の相手の皆に何だ今の揺れはと言うと、走行中だから良くわからないのが現状で、よくわからないまま走行していました。 が又自分だけ何度か揺れを感じているうちに、気が瞬間とぶのです、さすがにおかしいと思い、走っているうちに、なんとも言えない不安感が出てきました。次のパーキングに入ろうと思い、何とかたどり着きました。 トイレで顔を洗ってこようと思いトラックから降りると、立っていられない自分がいました。 思わずトラックに戻り、横になることしか出来ませんでした。 心配して仲間が駆け寄りました。 思わず、救急車を呼んでもらいたく、頼みました。 とても仲間も動揺していました。 とりあえず、呼ぶことが出来ましたが、深夜で高速道だった為、時間が掛かりました。 その待っている時間に自分には、奥さんと一歳にもならない娘がいます。 夜中ですが電話しました。 自分は、気が遠のきもあり命に関わる状態であると思い、最後の電話だと思い電話していました 奥さんは意外と冷静で、ちゃんとしゃべれているし、大丈夫だよっと励ます感じではなく、平然としていました。 とにかく、救急車が到着するまで時間が掛かり、到着するやいなや、救急車に乗り込みました。 正直、とても歩けないと思ったが思いのほか歩けました。 救急車では簡単の検査をしましたが、異常が無く、病院に行くのか、行かないのか判断して欲しいと言われ、少し症状も治まっているので、トラックで様子をみる事にしました。 仮眠まではソワソワしていて、出来ませんでしたが、大分正気には戻っていました。 その後、本調子ではなかったが降ろし先まで自走してやっと仮眠につけました。今夜はここまでにします。   ここからが、スタートであり書きたいとがマダマダ沢山あります。 まとまりの無い文章で見ずらいと思いますが、ご了承を。 では、おやすみなさい。