前回初めてブログを投稿しました。見てくれた人、有難う。

どうしても始めは、自分の事を知ってもらうのに硬い内容になってしまいますが、すみません。  今回は、トラック運転手の時の事を書きたいです。

 僕は、約八年以上トラック運転手の経験があります。 四トンから始まり、最終的には大型の四軸低床に乗っていました。 この八年間長距離が主だった為、色々な所へ行きました。  新車も二回提供され、比較的良いトラックに乗っていたと思います。

 乗用車も進化しますが、もちろんトラックも進化しました。 エアーサスはもちろん、AT車も増えてきています。 男性なら一度は、トラックに乗ってみたいと思うものだと思いますが、 個人的には乗用車よりトラックの方が乗りこごちは良いと思います。

 でも、実際運転手は大変な仕事です。 とてもかっいいし、意外と楽そうに見えると思いますが、現状はそうでもありません。 僕は現在三十一歳ですが、正直一生出来るとは思っていませんでした。 

 まあ、このブログを書こうと思ったきっかけ。衝撃的な出来事は、まさにトラックを運転している時に起こりました。 

 段々、本題に近づいて書けそうですが、余談ですがさっき沢山書いたのですが、不慣れのせいか、上手く送信できず全部消えてしまいました。 なのでこれは、二度目に書いているのです。 今度は失敗できないぞ。 

 では、近いうちに三度目のブログにチャレンジします。  

 


小学生の低学年から少年団でサッカーを初め、中学・高校とサッカー部で心身ともに鍛えた。

サッカーに関しては、社会人サッカーでも続けていた。短期ではあるもののブラジル留学もした。

サッカーの事を書くと長くなるので、後々沢山の出来事などつづりたい。

学生時の勉学については、得意の科目と不得意の科目がはっきりしていて、得意の部分ばかり力を入れて、不得意のものは、ほぼ諦めてしまって勉強しない。両極端のやり方をする人でした。

人間関係では、比較的恵まれていたように思う。しかし、何にもなかった訳ではなく人並みには色々な事があったと感じる。 

高校生の時は商業高校で進学高校ではなかったので、三年生の時には警察官になりたく、色々な県や警視庁や皇宮護衛官など受けたが、結果が出せず。 諦める事が出来ず、卒業後は専門学校に進学と言うのか、なんと言うのか入った。この専門は一年制だったので、一年で卒業するところで、先に結果を言えば、受かる事が出来ず卒業した。その後、家具メーカーに就職して営業で主に関東地方を出張で回った。その後、社会人でも続けていた、サッカーを中途半端が嫌で、会社を辞めて、サッカー留学をした。日本に帰ってきてからは、サッカーで生活できる訳でもなく。トラック運転手をはじめた。