悲哀の王者。アリス「チャンピオン」 | よねともが気ままに思うブログ

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本日はアリス「チャンピオン」(1978年リリース) です。




アリスは1972年にデビューしたフォーク・グループで、谷村新司さん(ボーカル・ギター)堀内孝雄さん(ボーカル・ギター)矢沢透さん(ドラムス) の3人編成となっています。2ボーカル・ギターに1ドラムという編成は当時としては珍しいもので、尚且つ谷村さんと堀内さんは大阪出身、矢沢さんは関東(神奈川県)出身と出生地も異なるなど、異色のグループでした。3人とも元々は違うバンドを組んでいましたが、アメリカのコンサートツアーで谷村さんと矢沢さんが出会って意気投合し、帰国した際にグループを結成するという話を付けるまでとなりました。その後帰国した際に堀内さんをそのグループに勧誘し、矢沢さんが合流をする前提で「アリス」を結成し、1972年にシングル「走っておいで恋人よ」をリリースしデビュー、そのすぐ後に矢沢さんが約束通り「アリス」に合流し、現在に至るまで3人編成となるのでした。

しかしながらデビューからしばらくはヒットも無く、下積みの時代が始まります。後に谷村さんが「特急が停まる市の市民会館は殆ど行った」と話すほど、ライブをかなりこなす、ライブ・バンドとして地道な活動を続けていきました。売れていないアリスに掛ける金も無いため、持ち運びがメンバーとマネージャーのみで出来るように、矢沢さんはドラムセットを持って行けず、コンガを演奏しなければならないなどの制約もありました。1974年には年間303本のライブを行うという、現在においてもかなり無茶苦茶なライブ本数を叩き出すなど、懸命な活動を行ってきましたが、その成果もありファンを増やすことに成功します。知名度を増やすためのノーギャラ・交通費も事務所負担という赤字のライブもあったといいます。また、この時に谷村さんがMBSラジオの人気番組「MBSヤングタウン」と文化放送の人気番組「セイ!ヤング」のパーソナリティーに起用され、その独特のキャラクターと親しみやすい喋りが人気を博したこともファンを増やすキッカケになりました。そして1975年にカバー曲である「今はもうだれも」が初めてヒットすると、オリジナル曲となる「帰らざる日々」も続けてヒット。以降「遠くで汽笛を聞きながら」「冬の稲妻」「ジョニーの子守唄」など、多くのヒット曲を残し、アリスは日本を代表するフォーク・グループになるのです。

そんな人気絶頂の最中にリリースされたのが、「チャンピオン」でした。

これまでのアリスの曲は、基本的には「谷村さんが作詞、堀内さんが作曲」というパターンでしたが、この曲は谷村さんが作詞・作曲ともに手掛けました。後述しますが、この曲はボクシングのチャンピオンの悲哀を描いたものとなっています。谷村さんはプロボクサーのカシアス内藤さんをモデルにしてこの曲を書いたと話しています。


現在のカシアス内藤さん。現在はボクシングジムの会長を務めている。

カシアス内藤さんは「和製クレイ」と呼ばれた人気・実力を兼ね備えたプロボクサーで、一時は世界ミドル級において1位にまで登り詰めた選手でした。1970年に日本ミドル級チャンピオン、1971年に東洋ミドル級チャンピオンに無敗のまま獲得します。しかし、元来の気が優しく精神的に脆い面から韓国の選手と対戦して初の黒星を喫し、王者から陥落するとその後は精彩を欠いた試合を連発し1974年の試合で判定負けとなると、一時的に表舞台から試合を消します。

谷村さんは1978年に当時仕事で対談したノンフィクション作家の沢木耕太郎さんに誘われて、カシアスさんが練習するジムを訪れます。沢木さんはカシアスさんと20代から親交があり、カシアスさんをモデルとした小説を2作上梓しています。(「クレイになれなかった男」「一瞬の夏」) 沢木さんに誘われて訪れたジムで鬼気迫る練習をしていたカシアスさんを見た谷村さんは、その迫力に圧倒されたといいます。その際に沢木さんから「彼には弱点がある。優しすぎてとどめを刺せないんだ」と話されます。その外見と内面、強さと弱さのアンバランスさに心を奪われた谷村さんはその日に曲を書き上げます。それこそがこの「チャンピオン」だったのです。カシアスさんは4年のブランクがありましたがその年にボクシング界に復帰し、いきなり2勝をあげる活躍を見せますが、1979年に東洋ミドル級チャンピオンの座をかけた試合に敗れ、その年に引退し、現在は自身のボクシングジムを開設し会長として後進の育成を行っています。

カシアスさんをモデルにしたこともあり、若き挑戦者と対峙することとなったボクサーのチャンピオンの試合当日の様子を歌った曲となっています。

つかみかけた熱い腕を ふりほどいて君は出てゆく

この歌の目線はあくまで「チャンピオン」の目線では無く、「トレーナー」の目線から見たチャンピオンの様子が綴られています。「大丈夫か?」とチャンピオンに話し、腕を掴もうとするも、その声に耳を傾けること無く、チャンピオンは出てってしまいます。

わずかに震える白いガウンに
君の年老いた悲しみを見た

この日は試合当日、ボクサーパンツにガウンだけ羽織ったチャンピオンは緊張とプレッシャーで少しだけ震えていました。相手が若いこともあり、ちょっと精神的に老いたような様子を感じます。

リングに向かう長い廊下で
何故だか急に 君は立止まり

そしてリングに向かう途中、急にチャンピオンは止ったのです。

ふりむきざまに 俺にこぶしを見せて
寂しそうに君は笑った

こぶしをトレーナーに見せるチャンピオン。「やってやるぞ」という闘志の現れですが、何処か不安そうな表情をするチャンピオンに、トレーナーは「もしかしたらこれで最後かもしれない」という思いが頭の中に駆け巡るのです。

やがてリングと拍手の渦が
ひとりの男をのみこんでいった
(「You're king of kings」)
   (「君はチャンピオンの中でもチャンピオンだ!」)

試合が始まると観客の声援と拍手のなか、挑戦者にパンチを喰らってしまい、ダウンしてしまいます。トレーナーは試合を不安そうに見守りますが、勝ち目の無いかもしれない闘いに挑むチャンピオンを「チャンピオンの中でも君は特にチャンピオンに相応しいんだ!」と最大の賛辞を送るのです。

そしてトレーナーはダウンしたチャンピオンにこう檄を飛ばすのです。

立ち上がれ もう一度その足で
立ち上がれ 命の炎を燃やせ

アップ・テンポでアコースティック・ギターが前面に出てはいますが、アリスの中でもフォーク色が薄く、歌詞の内容も相まってロックに分類されることが多い曲となっています。アレンジはギタリストでフォーク界で名のしれたアレンジャーの石川鷹彦さんが手掛けています。16ビートになる矢沢さんのドラム、ストリングスやキーボードが入るなど、フォークに囚われないジャンルを確立した曲とも言えます。ちなみに曲中の「You're king of kings」は現在では谷村さん・堀内さんが発してますが、レコーディングでは矢沢さんが歌っています。バスドラム4つ打ちが熱い鼓動を鳴らしているようで、闘志を燃やせと言わんばかりの曲となっています。

この曲はアリス最大のヒット曲となりました。いつまでも聴いていたいアリス、そして谷村さんが残した名曲だと思います。



そしてこちらは2005年の愛知万博における「青春のグラフィティーコンサート」と題した万博会場でのライブから。谷村さんと堀内さんがそれぞれソロで参加し、2人でデュエットしたものです。