私ががんを告知されたのは、

2025年4月のことでした。



その前年は、医師である夫が

クリニックを開業。


二人の子供たちも中高生となり、ちょうど

育児の手が離れたタイミングでした。


それまで育児優先で

パート医師として働いてきた私でしたが、


夫のクリニックの

副院長に就任することになり、


いよいよ世間のために

「自分」を全力で使っていこうと

意気込んでいた矢先の告知でした。



「いよいよ、これから!」という、まさに

これ以上ないほど絶妙なタイミングで…。


まるで、ドラマのように。

まるで、誰かが仕組んだかのように。


希望の山のてっぺんから、地獄の底に

突き落とされたような気分でした。



本当に…。


あのまま、がんを発症することなく


社会貢献に邁進できていたら

どんなによかったろう…


と、今でも思います。


きっと、世間のお役に立てたのに…。

全身全霊で、奉仕したのに…。



けれど、どこかで分かっている自分もいます。



私には、あえてあのタイミングで

がんの経験が必要だった、と。


がんの経験があってこその、

「私ならでは」の社会貢献があるのだ、と。



"光"を語ること…。



医学・科学の領域にいた私が、

まったく別次元の"癒し"について

身をもって知り、学ぶために…。


このがんの経験は

必要な通り道だったと

今では思うのです。



今、闇の中にいるがん患者さんへ。


病によって、大切にしてきたもの全てを

奪われたように感じることと思います。


私が、そうでした。

天を恨み、憎みました。


どうか、覚えていてください。

それでいい、ということを…。


恨んでいい。

憎んでいい。


そんな思いが溢れ出すときこそ、

深い呼吸を思い出して。


深ーく吸って…

深ーく吐いて…。


信じられないかもしれませんが、これもまた

"癒しの光"へ向かう通り道なのです。