私は人生の大半を

「目に見える成功」を集めることに

費やしてきました。


優劣の「優」

善悪の「善」


昭和生まれの私は、

昭和の価値観で「優」「善」とされるものを

他人にも分かるように形にする…


それが、人生の意味・目的なんだと

突き進んできました。


学歴や職歴

結婚や出産

身なりにも気を遣って…。


「成功」のコレクションを披露することが

人生だと思っていたのです。



どうも違うぞと気づいたのは、

子供を育て始めた頃でした。


子育てをする上で、

昭和の「優」「善」を目標にしていると

うまくいかない。


何がうまくいかないって、

子供との関係です。


私が躍起になればなるほど

子供との関係が悪化していく…。


何かがおかしいと思いました。


私は、こんな親子関係になるために

子供を望んだ訳じゃない。


子供との間に流れる

優しい時間

穏やかな信頼関係

楽しさや喜びの共有…


それを味わいたくて

妊娠・出産に臨んだのではなかったか…。


育児につまづいたことがきっかけで、

人生の目的が間違っていたことに

気づいたのです。


人生とは、「味わう」もの。


「味わう」ために、生きている…。



数年前のこの気づきから、

「目に見える成功」へのこだわりは

手放したつもりでした。


でも…。


完全には、手放せていなかったようです。


なぜなら…。


がんを告知された直後の私は、


「とんでもない大失敗をやらかした」と

自分を責めて責めて、責め倒したからです。


もちろん、死の恐怖もありました。


けれど、それ以上に


母として

妻として

医師として、

役割を果たせなくなる…


周りに迷惑をかけることに、

底なしの恐怖と罪悪感が襲ったのです。



それだけではありません。


役割を果たすこと=「成功」

病気になること=「失敗」


無意識レベルで

そう認識していた自分に気づき、

愕然としました。


育児時代の気づきは、

うわべだけのものだったのか…。


私は今まで、病気になった患者さんのことを

「失敗した人」と認識していたのか…!?



「成功」を集めることに価値をおく

そのスタンスから卒業したつもりだったのに、


全く卒業できていなかったことを

目の当たりにし、


二重三重のショックと苦しみを

感じたのでした…。





今、闇の中にいるがん患者さんへ。


今だから、私は断言できます。


病気は「失敗」でもなければ、

なにかの「罰」でもありません。



病気とは…


「身体からのメッセージ」


「魂の進化のきっかけ」



もちろん、今すぐには

そうは思えないでしょう。


私が、そうでした。


そんな言葉は、単なる綺麗事だ…

慰めのための、こじつけだ…

そうとしか思えませんでした。



では、その私がどうやって

それが真実だと

思えるようになったのか。


この"光のカルテ"に

少しずつ記していきます。






"光の処方箋"もあります。