彼女は見知った顔だった。
僕が務めているそこそこに知名度がある、会社の同じ部署に働いている女性だ。
だから、彼女が振り向いた時には少し冷静さを取り戻しつつあった。
桐乃愛理
それはとても綺麗な黒い髪で、腰まで伸ばしている。
伸びているだけかもしれない。しかし、手入れが行き届いているような綺麗な髪なのだから、やはり伸ばしているのだろう。前髪はセンターできっちりとわけられている。
そして、僕より少し背が高く(僕は165センチだ)
顔は拳程度に小さい。
余りに顔が整のっていて、創作物のように感じる程の繊細さと精密さが兼ね備えられたシンメトリーな顔のパーツだ。
誰がなんと言おうと、文句の言いようが無い美人だった。
冷徹なイメージを感じさせる、常に表情を変えないという特徴が印象的な女性だ。
愛想が無いという欠点と、もう一つ欠点をあげるとすれば、その性格の厳しさである。
職場は仕方無いにしても、プライベートでもとてつもなく厳しい人当たりだと部署内ではとても有名な話になっている。
淡々と何事の仕事も器用にこなすので、職場では誰も文句を言う事は無いのだ。言う事が出来ないのだ。
何人者の人が彼女にいいよったが、愛の言葉を告げる事も無く、男性の方から諦めるという程のものらしい。
いや、諦めるというよりかは、引き下がるという感じかもしれない。
彼女の態度にひく、そして諦めて、引き下がる。
それ程までに整った容姿をしているにも関わらず、モテるようで、関わってみれば結局関わりたく無くなるような女性だという事だそうだ。
「こんばんは西尾君」
何事も無かったような平然な顔をして、堂々とした佇まいで彼女はそこに立っていた。
「えっ!あっ。こんばんは」
あまりの彼女の平然さに僕は動揺して、普通に返してしまった。言うべき事が他にいっぱいあったというのに。
「どうしたの?動揺して?」
と表情を変えずに淡々と言う。
「いやー。どうしたんだって言うか、そりゃあ、動揺するだろ。何故、僕の家に?!しかもこんな時間に?こんな夜中に?」
しかも、無茶苦茶にベルを鳴らしているし。
「なにを基準にこんな時間にって言ってるのよ?あんな時間や、そんな時間も、具体的に何時か教えてくれない」
「それが夜中に人の家にいきなり来て言うセリフなのか?」
逆立ちで待っている位なのだから、それくらい普通なのかもしれないけど。
「これが私のスタンダードよ。文句があっても合わせなさい」
「合わせる選択し以外に無いのかっ?!」
それが普通だった。
今までちゃんと話をした事が無かったが、噂は事実だったようだ。会話して、すぐに思いしらされた。一分たっただろうか?
「そんな事どうだっていいのよ。私は西尾君に話があってここに来たのよ。私の今から、言う事もどうだって言い事だけれど。十円ガムの当たり券位に負けず劣らず、どうだって言い事だけど」
「十円の価値に匹敵する事を何故こんな夜中にわざわざ言いに来るんだよ」
「いや。五円チョコレベルだったわ」
「もう少し価値が下がったっ!!それに、五円価値だけでよくないか?!むりくりお菓子に例える必要がどこにあるんだ」
「うるさいわね。五円級の甘い事柄を伝えよう。という意味も込められているのよ。何故そこまで、感じとってくれないのかしら」
「五円級の甘い事柄?五円級の甘さって凄く甘く無さそうだ!!」
「微糖よ」
「実際に甘さ控えめだ!!!」
「五円チョコはウソよ。10円価値よ」
「その小さな嘘に別にこだわって無い!!」
「ただ、10円ガムは私の家の家宝なのだけどね」
「大事なのか、どうでもいいのか、よく分からないなぁ」
「私にとっては宝並みなのよ」
「周りから見たら、10円価値みたいだけどな」
「あらっ。普通に喜ばないのね。10円というのは、国からは税金を取られない。国に囚われない、自由なお金なのよ。聖なる貨幣と言ってもいいわ」
税金というのはおそらく消費税の事だろう。
「給料を全て10円玉でもらうと税金を払わなくても、いいらしいわよ」
「平気でそんなウソをつくな!!」
「とりあえず、一番伝えたい事を先に言っておくわ」と桐乃愛理は続けた。
そうゆうと決めポーズかのように左手を腰にあて、右手を僕の方に向けて、人差し指を指しながら、命令するように、こう言った。
「付き合ってちょうだい」
一瞬、意味がよく理解出来なかった…しかも上からの目線でものを言っている。
「ん??どうゆう事だ?
どこかに一緒に来て、みたいな事なのか?」
「違うわよ。交際して。という意味よ。その後に交尾して、出産をして…に続くあの交際よ」
「結婚を前提にって言いたいんだな?!」
って交際??まじで?!
「驚きの表現は心の中でするタイプのようね」
「お前は心を読めるのか?!」
透心術の、心得があるのかもしれない。
「そもそもお前の事、そんなに知らないんだけど…」
強引な事は分かったけど。噂通りって事も。
「とりあえず、部屋に入れてくれない?深夜2時に大きな声でこんなところで話をするなんて、ご近所さんに迷惑じゃない!」
「お前がこの時間を選んだんだろうが!!」
「一番女の子と話したくなるような時間だと思って、西尾君の為を思って、この時間にしたのよ」
「僕はどの時間でも女の子と話をしたいと思っているから、むしろ今日のところは帰ってくれないか?」
「嫌よ。私は今日のこの時間にあなたの家であなたを説得するって三ヶ月前から、計画してるんだから」
「そんなに前から?!そして、告白は説得なのか」
「呼び出しベルから、指を離して、逆立ちに移るタイミングを調整するのに二ヶ月かかったわ」
「その無駄な時間をもっと有意義に使えよ」
「私にとって、西尾君の事を考える時間が1番、有意義よ」
「正確には逆立ちの事だろうが。そもそもそこまで考えて、逆立ちにこだわる理由がどこにあるんだ?」
「分からないの?私にとって、逆立ちは土下座の延長上なのよ」
「土下座の延長上?」
「物事をお願いする動作で最もポピュラーな行動は頭を下げる事でしょ。その最上級の土下座は手を着いて、更に敬意を払った行為が足を上げる行為なのよ」
「やりすぎで、1番に大事にすべき敬意を損ねているじゃねぇかっ!!」
逆立ちがやけに綺麗だったのはそうゆう事か。
「まぁ、追い返してもいいけど、朝まで家の前で待つことになるわね」
「お前はどこかの弟子入り前の青年か」
「なにを言ってるの?私は西尾君の恋人前の成人でしょ」
「恋人になると確信してるのか?」
「初めから、無理と言っていたら、何も出来ないわよ。私は可能性という内なる神を信じているの」
「可能性?僕の神も尊重してくれ!」
「西尾君の死神より私の神の
方が幸せになれるわよ」
「僕の内なる神は死神なのか?僕の可能性は死んでいるって言いたいんだな?」
僕の未来はそうゆう風に
見られているなんて悲しすぎる。
「そうよ」
「そうじゃないって言って欲しい」
「それで、私は家に入れてくれないとなると、今から何をしようかしら?家の前で、西尾君を呼び続けて見ようかしら?それともさっきみたいに呼び鈴を鳴らし続けてみたり。呼び鈴の真似をして、近隣に聞こえるような声で鳴き続けてみるのもいいわね。あとはカエルの死体を家の前に…」
「分かった!!分かりました!!入れればいいんだろう?!」
最後に異様に不吉な事を言おうとしていたような気がする。
「結局入れてくれるんだ。優しいはね。西尾君って」
「優しく、させられたんだ。他に選べる選択しが合ったら、教えてくれよ」
優しくさせられた?!どうやら僕は桐乃のおかげで、優しくなれたみたいだ。
「今日掃除したばかりでそんなに散らかってはいないから掃除しといて、良かったよ」
そう言いながら僕は彼女を家の中に入るように誘導した。
「そうゆう事なのね」
僕の言葉を聞いて、桐乃は何かを理解したらしい。
「私が散らかせばいいのね」
「全然理解してねー」
結局、僕はこいつのいいなりだなぁーと情けない気持ちになった事も見透かされているのだろうか?透心術で。
そして桐乃は「西尾君のパジャマ姿、案外可愛いわね」と言いながら、僕の後をついて来た。皮肉なのかなんのか、分からないような言い方だなぁ。
質素なあまり物の無いリビングのテーブルを挟み、僕たちは向かい合って座っていた。
そのテーブル上のお互いの前には先ほど入れた、インスタントコーヒーが置かれている。まぁ、僕が置いたのだけど。
彼女はテーブルに置かれたコーヒーが入ったコップを手にとり、一口含み、口元を少しコップから離した。
口元から少し離したコップを左右に少し回しながら、ごくっとコーヒーを喉に通していく。そして、興味深そうにコップを眺めて、「ふーん」と何かに納得したように、言葉をこぼしている。
僕は何も言わずにその様子をただ、眺めていた。
少し疲れたという事も、何も言わずに眺めた状況が自分の中で許されている要因の一つだろうとぼんやり考える。
家に入るなり、桐乃愛理の行動は忙しかった。
「1LDKなのね」
と言いながら、部屋の隅々まで、見て回っていた。
僕が家に誘導すると、僕の許可を得ること無く、無茶苦茶に歩き回っていた。
「部屋の生活感はそこそこって感じね。もっと生活感を出すか、清潔感を出すか、どっちかにしなさい。1か10じゃないと面白く無いじゃない」
「別に面白さを求めて生活してる訳じゃねぇよ!!」
「ここがトイレね。案外に綺麗にしてるじゃない。西尾君がいつもここでようを足してるとは思えないほど綺麗ね」
「汚れが取れない程のようをたすほど、食生活乱れてねー!!」
「ティッシュのストックは異常に豊富なのね。西尾君の性欲の強さを黒人並みと定めて、イメージトレーニングをしていたおかげで、精神ダメージが少なくて済んだわ」
「そんなに強く無い!たまたまストックが残っていただけだ。僕の弱みを探ってんじゃねぇ」
どんなイメージトレーニングなんだ?ちょっと気になるけど。
「このコンロは人を燃やすには小さすぎない?」
「どこの殺人鬼と間違えてんだ!!」
「西尾君を燃やすのよ」
「こえーよ」
表情が変わらないから、余計怖いんだよ。
「あっ。コマ切れにすれば大丈夫かしら」
「怖過ぎるよっ!!」
今はそんなやり取りに疲れた後のひと息状態なのだ。
それと、こいつの企んでいる事は告白なんかに思えなかった。イジメに来ただけじゃないのか?という疑問も少なからず抱いている。
「西尾君の家族構成を教えてくれない?」
桐乃はそう聞いてきた。手に持っていたコップはすでに、テーブルに置かれている。
「まぁ、そうだな、両親2人と姉が1人だよ。姉はそこまで仲良くはないけれど、家族は比較的上手くいってる方だと思うよ」
「ふーん」
聞いてきたのに、返事は素っ気ない。
「桐乃はどうなんだ?」
「初めて私の名前を呼んでくれたわね。嬉しいわ」
嬉しそうな表情には全く見えない。
「私は両親とはあまり折り合いが良く無いわね。それと妹が1人いるわね。凄く私を慕ってくれているわ。私は自慢の姉よ」
「そういう事平気で言うんだな」
「平気で言わないと恥ずかしいじゃない」
「言わない事をオススメします」
「両親の職業は何?西尾君を見るかぎり、職についてるとは思えないけど、一応聞いておくわ」
「2人共、教職員だ!!勝手に人の親でマイナスな想像をするな」
「いやだわ、西尾君を見て言ってるのだから、あなたが悪いのよ。自分の親に謝りなさい」
「ごめんなさい」
「素直ね」
こう返さないと言われ続けそうだからな。
「そんな事より、何故私が西尾君の事を好きになったのか、聞かないの?」
「気になるところだけど、自分から聞くのもどうかと思ってさ
」
「どうして?」
「僕のどういうとこが好きなんだ?なんて、好意を抱いた方と、抱かれた方に力関係が出来てるみたいじゃないか。好意を抱かれた方が上だなんて、おこがましい考えだと僕は思うんだよ」
きっと悩んでいるのは好意を抱いた方だ。
あの人もそうだったように。
「それもそうね。私が下なんて考えられないわ。西尾君が余裕をみせたところで、ただの背伸びでしか無いものね。足りない身長を補う行為なんて、見てられないわ」
「おいおい。途中から、僕のコンプレックスの話になっているぞ!!」
身長がコンプレックスだと自分で認めてしまった…
「私が西尾君の好きなところを言うと、まだわからないって感じかしら」
「まだ分からない?」
「そう、まだ分からない。それでも三ヶ月前位から、ずっと気になっているの。ある話を聞いてから…西尾君にまつわる話よ」
「僕の話?」
僕のようなやつが噂になるような話なんて、あるとは思えないけれど。
「西尾君は内田って子知ってるわよね」
「あぁ、今年入った新入社員のあの可愛い子だろ?」
「そうよ。そのとてつもなく可愛い子の悩みを解決したあげたでしょ」
「何故、その話を知っているんだ?」
「あなたの頭に盗聴器を埋めこんでいるのよ」
「嘘をつくなっ!そんな事出来るわけねぇだろ!」
「出来たとしたら?」
「警察に行くしかねぇな」
「結局、西尾君が解決したの?どうなの?」
「別に僕の力じゃあ無いよ。それ自体は解決したかもしれないけど、僕じゃなかった方が良かったと思う」
「その話聞かせてくれない?西尾君の目線で。西尾君を知りたいから」
あぁ…あれかと思った。
でもあれは解決とかそうゆうのじゃなくって、僕がいてもいなくてもどっちでもよかったんだと思う。
見過ごして、結果だけ見れればそれが、1番だった事なのかもしれない。
一応完結は迎えたけれど、決してハッピーエンドでは無い。僕はむしろ余計なお世話。
ありがた迷惑だったとさえ思う。