あれは突然の出来事だった。
僕にとっては。
彼女からしたら、必然だ。
いや、僕にとっても必然と言うべきか。
彼女はなにもかもがワガママでお構いなしに僕の家を深夜に訪れて来たのだから。
僕は「ピンポーーン」という音で目が覚めた。
もう少し細かく言うと、「ピピピ」という音の部分だ。
あろうことか深夜2時に、昼間の2時にも鳴る事が無い僕のアパートの呼び出しベルが連続で押されていたのだ。
深夜2時というのは、後で分かった事だけれど。
「ピピピピっピーンポーン」
深夜に無茶苦茶に鳴らさせるベルを普通になら、少しの恐怖を感じていいところかもしれない。
それでも僕はまだ少し寝ぼけていたせいか、恐怖を感じる位に頭は働いていなかった。
まだ視界がぼやけている。
一刻も早くこの呼び出しベルの嵐を止めるべきだか、起きてすぐの僕には、電気も付けずに玄関までよろよろと歩いて行くのが、やっとだった。
そして、覗き穴の存在も全く頭に無いままに、用心の為にかけている、カギを開けて、上下で開閉するタイプのノブを下に下ろし、ゆっくりとドアを開けた。
「なんなんですかっこんな夜中に…」
僕はそう言いいながら、ドアの前に立っているであろう人物を確認しようとした。
その人物確認は空振りに終わった。
「うわーーーっ!」
僕は驚き声を出しながら、思わず後ろに飛びのいた。
その反動でバランスを崩し、そのまま後ろに尻もちをつき、両手をついてしまった。
さっきまでは、うまく開ける事も出来なかった僕の目があっさりと全開になっている。
少しの痛みはあったはずなのだが、その時の驚きのせいでと言うべきかおかげというべきなのか、全く痛みは感じられなかった。
それよりもバクバクと激しくなる自分の心音の大きさの方が気になった。
そこには足があったのだ。
二本。
目の前に足が。
足だけだ。
尻もちをついて、少し後ろに退いた事で、視野が広がっていた。
えたいも知れない目の前の足は脚だった事にも気付いた。
足だけでは無いのだ。
足だけの正体の全貌を知る事になった。
目が全開に見開いている事も手伝っての事だろう。
「さっさっさかだち?!」
僕は情けない格好から、一ミリも動く事なく、そのままの状態でそう言った。
僕の胸は先程の驚きの余韻でまだはっきりとドクドクと音が聞こえている。
目の前には逆立ちの状態で、手でバランスをとりながら、立っている女性らしき姿がそこにはあった。
手で立っているのだ。手っていると表現しても伝わるのだろうか?
女性らしき、というのは顔は向こう側に向けているからだ。
後頭部だけがこちら側から見えている。
彼女の髪は黒くて長かった。
黒い長い髪は、重力にお手上げ状態だ。
だらりと重力のいいなりになっている。
スカートをはいているせいで、パンツは丸見えになっていた。
非常に情けない格好だ。
パンツが柄物だった事ははっきりと覚えている。
そんな事は今のこの状況で必要無い事だけれど、覚えているのだから仕方がない。
その異様な光景に僕はしばらく声が出なかった。
しばらくというのは体感だから、実際の時間がしばらくかどうかは分からない。
その女性は僕が大きい声で驚き声をだしたにもかかわらず、微動だにしていない。
逆立ちのままだ。
そして、彼女は、彼女らしき人はゆっくりと地面に足を右足、左足と片方ずつ順に綺麗に下ろしていった。
それに続けて、とても簡単に感じられるようなしなやかな動きで、上半身を起こした。
新体操でもやっていたのだろうか?
そして、こちらをゆっくりと振り返った。
僕の心臓がまたビクりと大袈裟に動いたような気がした。
振り向いた彼女の表情は異常に感じられた。
何を考えているのか全く分からない程のポーカーフェイスだったからだ。
その表情を全く変える事無く、彼女は堂々とも平然とも取れるようなトーンで、こう言った。
「第一印象はかんじんらしいわよ。私が思うに、第一印象はインパクトなのよ」
「かんじんの方向性をはき違えてるよっ!!」
思わず立ち上がって、全力でツッコんでしまった。深夜なのに。
僕は彼女の意図がなんなのか分からないという気持ち悪さを、取っ払うために大声を出して、心のバランスを反射的に保とうとしていたのかもしれない。
「インパクトを重視しすぎて、印象はすげー悪いぞぉっ!!」
と高ぶっている気持ちを抑えきれずに僕はそう続けた。