弐 玄武と麒麟

時が過ぎ、白虎が麒麟に即位してから間もなく百年になろうとしていた。偉大なる神の下、四神及び麒麟が集まった。この中から数日の後には新たな麒麟が選ばれる。

玄武は麒麟を遠巻きに見つめた。
(白虎…)
他の者がいる場では当然「麒麟様」と呼ぶが、玄武にとって麒麟は今でも白虎のままだった。政で顔を合わせる際には極力近付かないようにしてきた。

ある日、合議のため麒麟と四神が集められた。
玄武が向かうと、麒麟だけが合議の間に入ってすぐの位置にいた。
(しまった、他の四神より早過ぎた。)
足音に気付き、麒麟がこちらを向いた。
「玄武。」
麒麟にそう呼ばれただけで、玄武ははっとした。
常より政の場で名は呼ばれているが、誰かしらが側にいる。他の者が一人もいないのは、玄武の即位の儀で滞在した時以来だった。
「白虎…」
無意識にそう呼んだ。その事にも気付かないほど動揺していた。
(近付いてよいのだろうか。)

麒麟は玄武が入るのを躊躇っている事に気付いた。
「…気にせずとも良い。合議が始まる。座に着け。」
「はい。」
麒麟の側を通らなければ行けない。麒麟の背後を抜けていこう。
そのまま通り過ぎようとした。しかし、顔を近くで見たい衝動に駆られた。
(せめて横顔だけでも…)
こそ、と振り向いた。すると、こちらを見ていた麒麟と目が合った。
(あっ。)
麒麟も、玄武が振り向くと思っていなかったはずで、気まずい顔をしている。

目を逸らす事ができない。百年以上密かに恋い焦がれてきた麒麟が目の前にいる。玄武は思わず手を伸ばして麒麟の頬に触れた。その時
「何をしている!」
鋭い声が制した。
はっと手を離し、見遣ると同じ四神の朱雀がいた。
「玄武、下がりなさい!麒麟様に無礼な!」
(まずい。)
騒ぎを大きくせぬよう、玄武は一旦合議の間から出た。
「麒麟様、玄武は一体何を?」
「いや、大した事ではない。早く座に着くのだ。」
麒麟はそう言いつつ、玄武を目で追った。
そして、ふと気付いた。
(そなたは今も、俺のことを『白虎』と呼ぶのだな…)


その夜。滞在中の部屋で玄武が髪を梳かしていると、どこからか声が聞こえた。
((喰らうのだ…))
(?)
((麒麟を喰らうのだ…))
(何?!)
辺りを見回すが誰もいない。天井に向かって声を上げた。
「お主は誰だ!」
((麒麟を喰らうのだ…))
「何をおぞましい事を申しておる!お主は誰だ?!」
((我は玄武そのもの。))
「何?」
玄武の大声に乳母が駆け付けた。玄武を凝視しているのを見ると、乳母にはこの声が聞こえないらしい。
「玄武様?!」

((そうだ。我はお主が玄武たる源。))
「玄武の源…」
((もしお主が麒麟に即位した際には、今の麒麟を喰らうのだ。))
「はっ?何故そのような気がふれた事を申す?!私が麒麟を喰らうだと?」
((それがお主の定め。))
「定めなど馬鹿げた事を!勝手を申すな!」
((そう言っているのも今のうち…))
声は消えた。
「おい!」
返事はなかった。玄武は額から汗が流れた。

「玄武様?!どうなさいました?!」
「ああ…幻聴が聞こえてな。麒麟選定の儀が近付いて気が昂ぶっているらしい。」
乳母は恐る恐る言った。
「あの…先ほどの『麒麟を喰らう』とのお言葉は…」
「ああ、気にするな。自分でも訳がわからぬわ。」
「いえ、そうではございません。」
「何?」
「玄武様はご存知ないはずです。亡き母王様が玄武様のお耳に入れぬように、と命じてらっしゃいましたから。」
「どういうことだ?」
「玄武は麒麟を喰らうのです。」
「何?!いつの玄武が麒麟を喰らったのだ?!」
「いつ、というより、それが古来よりの儀式なのです。それは歴代の麒麟様、そして今の麒麟様もご存知です。」

四神から麒麟に選ばれるのは、誤差はあるものの均衡を保つためおよそ四百年で一巡りする。
その中で、玄武が選ばれた場合、玄武は退位する麒麟を生贄として喰らう。
玄武は生死を司る神である。生には膨大な力が必要だ。
並外れた生命力を持つ麒麟を喰らう事によって、四百年分の玄武の力を維持する。
さもなくば、玄武の力は薄れ四神の均衡が狂い、神の世、人の世、共に崩壊する。

「…何故、母上はそれを隠していたのだ。」
「私にはわかりませんが…きっと何か理由がおありだったのでしょう。」
(私は先祖代々の中でも玄武の力が抜きん出て強いと言われている。そのために声が勝手に現れたのか。)
玄武は自分の両手を見た。
(もしも私が麒麟に選ばれたら、この手で白虎を喰らうのか?そんな馬鹿な!)

母が玄武に聞かせなかった理由がわかる気がした。知ってしまえば否が応でも意識してしまう。神が神を喰らうなどという残虐な事を。
(しかし、それだけか?母上が黙っていた理由はそれだけだろうか…)
選定の日は近い。防ぐ術はないのか?


臣下の男が目の前で恐怖の形相をしている。
その肩を掴み、喉に噛みつく。男は断末魔を上げて崩れ落ちる。さらに側にいた別の臣下を捕まえ、今度は首元に歯を立てる。男が叫ぶのに構わず肉を味わう。
一人、二人、三人…それでも足りない。
やはり、あの男でなければ。もっと強い生贄でなければ。
口元の血を拭って舐める。あやつは何処だ…

おっ。向こうからのこのこやってきおった。
あやつは簡単に騙せる。こうして屈み、顔を手で覆ってみせようか。涙を流して見えよう。
そうそう、来た来た。背なぞ触れおって。
麒麟、よく来たな。うん?何を驚いておる。この真の姿が恐ろしいか?
もっと驚かせてやろうぞ。

自分の手が麒麟の胸を貫く。引き抜いた手には脈打つ臓物が握られている。
麒麟はゆっくりと背後に倒れ、自分は臓物を高々と突き上げる。
周りにいる四神、神族はみな自分に平伏す。
自分の高笑いが響く。
頬には涙が流れる…

(涙?!)
玄武は跳び起きた。
(夢か。)
麒麟選定の前夜だった。外を見遣ると、もう夜明けが近い。
首筋には汗が流れていた。頬は夢と同じく涙で濡れている。
鏡が目に入り、自分の顔と向き合った。
(あれは私の真の姿なのか…?)
身の毛もよだつ光景が鮮明に浮かぶ。
(いや。私が麒麟に選ばれさえしなければ、何の問題もないのだ。)


麒麟選定の儀が始まる。玄武は麒麟の背を見て祈った。
(偉大なる神よ。どうか我を選びたもうことなかれ…)

神が選んだのは玄武だった。
(何ということだ…)
玄武は思わず麒麟を見た。麒麟もこちらを見ている。
そう、麒麟はこれから始まる儀式を承知しているのだ。
玄武は息を飲んだ。

玄武の内から、あの声が聞こえてきた。
((麒麟を喰らうのだ。))
「嫌だ!」
両手で耳を塞いだ。それでも内なる声は止まない。
((悪足掻きをしよる。))
足がひとりでに麒麟の方へ向かう。体がいうことを聞かない。
「止めろ!」
意識が朦朧とする中、自分の足を抑えるが反発される。こんな強い力、自分のものではない。
「うう…」
ぷつり、と玄武自身の意識が消えた。


玄武が意識を取り戻すと、地に座り込んでいた。
そこは惨劇の跡だった。自分の臣下の男達がむごたらしい姿で累々と横たわっている。一人、二人、三人、もっと…
あの夢と同じだ。
手に違和感を覚え目をやると、手はおろか体中に血飛沫が飛んでいる。これは間違いなくあの臣下達の血。
そして、口内に血の味を感じた。喉にも何かを飲み込んだ感触がある。

玄武は何があったかを悟った。
「いやーっ!」
何度も叫び、涙が溢れた。
大事な臣下を私が殺めた。私が喰らった。私がこんなおぞましい事をした。
私の本性はこんな化け物だったのか…
((麒麟を喰らうにお主が逆らおうなどとする故、いらん殺生をしたではないか。))
( … )
((麒麟を喰らわねば、まだまだ殺生が続くぞ。))
「嫌だ!」
((麒麟は受け入れておる。))
玄武ははっと振り返った。
遠くに麒麟の影が見えた。
「白虎!」
玄武は立ち上がった。離れなければ。
麒麟は近付いてくる。遠ざかりたいが足が動かない。
(白虎!来ないで!来てはいけない!)
((もう諦めよ。))
「白虎、来ないで!」
麒麟は制止を無視し、顔が見える所まで来た。何を考えているのか、無表情にこちらをじっと見ている。
(間に合わない…)
玄武の顔が歪んだ笑いをした。
((ふふふ、やっと本来の生贄を得られたわい。))
遂に残る自分自身は自我だけになった。
それは逆に残酷な事だった。
愛する人を喰らう己を認識することになる…

体が勝手に動く。じわじわと麒麟に近付いてゆく。麒麟は逃げようともせず、自分からも近付いてくる。
(白虎、離れて!)
互いの視線が絡まる。やっと近くで顔を見られたというのに、こんな形になるとは…
(見たのね…このおぞましい姿、あなたにだけは見られたくなかった…)
もう手を伸ばせば届く所に麒麟がいる。
(あなたを喰らうのを、どうしても止められない…)
玄武は嬉しそうに麒麟の頬を撫でた。
((生贄、頂戴するぞ))
(お願い、逃げて…)
つつ…と玄武が手を右胸に這わせる。
(白虎!)
その時、頭に何かを感じた。
((?))
(?)
ぽん。ぽん。
麒麟が玄武の頭をそっと二度叩いた。
「もう泣かずともよい。」
何が起こったのか、内なる声は理解できなかった。
((こやつ、何を申しておる?涙なぞ出ておらぬぞ?こんなに嬉々とした顔をしているというに?))
そうではなかった。麒麟はもう一人の玄武に言ったのだ。
(白虎…私が泣いているのがわかるの?)

麒麟は淡々と言った。
「俺が玄武の長に喰われるかもしれぬというのは、麒麟の任を受けた時より承知の上。神の世、人の世のため躊躇わずやれ。」
(白虎…)
玄武は何かがすっと冷えた気がした。
((ほれ、こう申しておるではないか。早よ喰らうぞ。))
(ふふふ…)
ふいに笑いたくなった。
((何故笑う?いかがした?!))
「はははは…」
内なる声を押しのけ、自我の笑い声が響いた。
(白虎。あなた全然わかってないわ。
私があなたを喰らい、その後のうのうと生きておれると思っていて?)
「はははは…」
(私達の想いは釣り合っていなかったのね…)
自嘲しながら涙が流れる。
(不可能とわかっていても、共に生きようと足掻いてほしかった。
たとえ、掟に逆らい追われる身になってでも…)

((喰らえ!))
「うるさい!」
自我の怒りが爆発した。
「私は先人の誰よりも玄武族の力が強いといわれた者!私の内にしか存在できぬお主など消してくれるわ!」
((玄武たる力を消すだと?!))
「麒麟を喰らう定めなど、先人がお主に逆らえず、そうせざるをえなかった故。ならば誰かが覆す事もありえよう!
私はお主を超える!」
頭の内で破裂音がした。それきり、もう一つの声はなくなった。


(…終わった…)
気付けば麒麟と玄武の二人が立っていた。玄武は麒麟の顔を見て自嘲した。
(もう白虎に焦がれる事もない。)
そして今置かれている立場を思い返した。
(私は麒麟なのだ。この神の世を治める事が、偉大なる神から私への任。)


麒麟と決別する時がきた。
「白虎。これからどうするのだ。」
麒麟を退位した者は、その後を望むように生きられる。
「そうだな。」
麒麟はしばらくの後、ぽつりと言った。
「人の世に行ってみるかな。」
「人の世?」
神の世から人の世へ下ったためしはない。そんな自らを穢すような行いは考えられなかった。
「何故そんな事を!」
「俺は神に向いておらん。」
玄武は黙った。確かに麒麟は神として異質だった。白虎から麒麟に選ばれてすらそう思う。
(そうね…どうかあなたが望むままに…)

「人の世へ下ったら…姿形は変わるのか?」
「さあ、下りてみぬとわからぬな。姿が変わるか、魂が変わるか。己が神であった事を覚えているかすら。」
玄武は麒麟がいない神の世を想った。それを今より百年間治めるのだ。
(気が遠くなりそうだ。)

もう二度と会うことはない。
「ここから幸を祈っている。」
「ああ。」
麒麟は右手を差し出した。玄武も右手を出し、友として別れの礼をする。
手を握り合い、互いに目を見た。
(白虎。出会った時と同じ琥珀色の瞳。)
ふいに麒麟が手を引き、左手で玄武を抱き寄せ、口づけした。驚く玄武に囁いた。
「さらばだ。」
素早くもう一度口づけし、麒麟はふっと消えた。
支えを失い、玄武はゆるゆるとへたり込んだ。

茫然とした後、やがて、はらはらと涙が流れた。
「ああーっ!」
玄武の絶叫が響く。
全てが理解できた。自分の体を抱いて号泣した。

(白虎。私が内なる声に勝る力を得るために、わざと怒らせたのね。私があなたを喰らえば自分の命を絶つとわかっていて。)
涙が止めどなく流れる。抑えていた想いがどっと溢れる。
(あなた、やっぱり全然わかってない。
去り際にそう気付かせるなんて酷いじゃない…)


麒麟が瞼を開けると、大地に立ち、白い衣を纏っていた。絹をたっぷりと使った壮麗な物だ。
(麒麟だった名残か。どうせ土にまみれてぼろになるものを。)
麒麟は天を仰いだ。
(玄武。美しく気高いそなたには神の世が相応しい。しかし、それでもそなたが望むなら…)
自分の脳裏には玄武の紫の瞳が浮かぶ。

(もしも…百年後、そなたが麒麟の任を終え、万一にも人の世に下りてきたなら。
その時は俺を探してくれ。俺の魂はこの先、どうなるかわからない。
そして、勝手な願いだが)
掌に目をやり、繋いだ玄武の手を思い返す。
(俺がそなたを忘れていたとしても、共に生きてくれないか。)



零 童と若者

玄武の都のはずれ、一人の童がぶらぶらと路地を歩いていた。
すると先の方に、幾人かの若者が人目を窺っているのが見えた。衣で玄武の者ではないとわかる。
他の神族が使者等として来る場合、列をなし大路を通る。見るからに怪しい。

「あ、わるもの!」
童は大声を上げ、指さした。
「あ、まずいぞ?!」
「逃げろ!」
若者達は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。しかし、一人だけ取り残されていた。どうやら、今居る場所が何処かわからず、逃げるべき方向がわからぬらしい。
「わるものー!」
童は更に声を張り上げた。
「しーっ!静かにしてくれ、な、頼むからさ!」
若者はしゃがみ、童に顔を近付け、小声で哀願した。よほど慌てたのか、若者に比べはるかに幼い童に向かって合掌までしている。

「あんたわるものだろ?」
「違う違う!俺は無理矢理に仲間に連れられてきただけだ!」
「でも、来てるぞ。」
「だから謝るからさ!な、ぼうず、見逃してくれよ?!」
すると童はぴたと止まり、じわじわ涙を溢れさせた。
「ん?何だ?」
童は激しく泣き出した。
「わーん!また男とまちがわれたー!」
「え、お前、女人だったのか?」

若者が間違えるのも無理ない。
玄武族は幼いうちは男女同じような衣を身につける。この童は贅沢な衣を纏っているものの、あちこちに付いたばかりの砂がまみれ、髪は乱れ、結われてすらいない。口の横には物を食った跡が付いている。
「悪い悪い。だってお前、そんな格好してるからさ…」
「そんなかっこ、て言われたー!」
火に油を注いでしまった。
(女人の扱いとは難しい。)
若者は心の内で溜息をついた。

「そんなに泣かないでくれよ。そもそもお前、なんで髪を結ってないんだ?」
童はしゃくりあげながら答えた。
「だってきゅうくつだ。」
「お前くらいの玄武の娘なら、髪を結えとか、かんざしをしろとか言われるんじゃないのか?」
「私はいいんだ!おひめさまだから人のいうこときかなくていいんだ!」
「ああ、はいはい。」
(お姫様、ね。)
若者は苦笑した。小さい女人は皆お姫様だ。

「でもお前がそうしたくてしてるんだろ?男と間違われるのが嫌なら、女人に見えるようにしろよ。」
「女人に見えない?」
童は涙と鼻水まみれの顔で尋ねた。
「見えないな。」
童はぐっと黙り、若者を睨んだ。
(泣かれるより睨まれる方がましだな。)
「わかったよ。あんたがそういうなら女人に見えるようにしてやるよ。」
「そりゃどうも。」
(なんで俺のせいになるんだよ…)

やれやれと若者が立ち上がろうとすると、童がまだ潤んでいる目で言った。
「おい。」
「うん?」
「あたまをぽんぽんしろ。」
「はあ?」
「あたまをぽんぽんしろ。」
童は繰り返した。
「なんで俺がそんな事しなきゃならないんだよ?」
「あんた私を泣かしただろ!私が泣いたら母上はあたまをぽんぽんして泣きやませてくれるんだ!」
(なんだよもう…)
「してくれないと、もっと泣いてやる!」
童は一人前に脅してきた。
「わかったよ、ぽん、ぽんっと。
もう泣くなよ。」
若者は言葉に出しながら童の頭を軽くニ度叩いた。
「これでいいだろ?」
童は頬を紅潮させてむすっとし、若者の目をじっと見ると、
「ふん。じゃあゆるしてやる。とっととにげろよ。」
童は都の外へ向かう路地を指した。
「おっ、ありがとよ。」
若者が踵を返すと
「あんたのこと、一生わすれないからな!」
背中に捨て台詞が飛んできた。若者は何度目かの苦笑をした。
(めんどくさい奴だな。)
「はいはい。俺もお前の事を覚えといてやるよ。」
若者は身軽に姿を消した。


童が帰路につき自室へ入ると、乳母が部屋を片付けていた。
「今かえった。」
「姫様、お帰りなさいませ。また一人でどこかへ行ってしまわれて!」
「だれかついてきてたのか?」
「いえ、途中で見失った、と。」
「それならいい。」
「何が良いのです?」
「いや、なんでもない。なあ…」
童は途中で口籠もった。
「何でございましょう?」
「かみをゆってくれないか。」
「はっ?どうされました?いつも逃げ回ってらっしゃるのに?!」
「これからは毎日やることにした。」
「まあ、どういう風の吹きまわしで。」
乳母は嬉しそうに笑った。
童はきまりが悪くなった。
「ちょっとな。かんざしもさしてくれ。」

鏡台の前に腰掛け、乳母が支度するのを待つ。
鏡を見ると、先ほどの若者の琥珀色の瞳が思い出される。ふつふつと怒りがぶり返す。
(きれいになってやる。
まいのめいしゅになって、ことばづかいもゆうがになって、ものすごいびじんになってやる。それで)
鏡の中の、紫の瞳を見据えた。
(いつかあいつに、うつくしいって言わせてやる。)



おわり