「おやー、これかね、東京から来た犬、真っ黒だねか!」

初めてひとりで東京へ向かったのは高校3年の12月。
前日に父親が上野駅から親しみのない遠い親戚にあたる家がある金町までの行き方を、黄色い広告の裏に鉛筆で書いてくれた。
西日暮里、千代田線、金町、駅を出たらバス・・「迷ったら人に聞きなさい」と。
受験より無事に親戚の家まで着けるのか・・心配で眠れなかった。

新幹線がない時代。特急「白山」で5時間。
東京は遠かった。

受験が終わり、2日前、あれだけドキドキしてだどりついた金町駅前で、私はカバンを探していた。底のマチが広くて、横から見ると三角形。ファスナーで口が広く開く。
「これで、クロを連れて帰れる!!」

「駅や電車で何か言われたり、𠮟られたら、このお金と電話番号を見せるんだよ。」
遠い親戚のおじさんが5千円と家の電話番号を書いた紙きれを持たせてくれた。
「これだけあれば絶対大丈夫!」
自分自身に何度も呪文のように言い聞かせた。

電車の中で見つからないようにカバンから出し、抱っこをしてジャンバーを上からかけた。こっそりトイレへ連れていき水を飲ませ、車掌さんが横を通るたびに寝たふりもした。
電車の暖房で犬が臭うと隣の人が怪訝な顔をして席を移った。

「知るもんか、怖いものなんてない!」
帰り道の自分が、行きのそれとは違うことがはっきりわかった。

かわいいだけではない。その時の自分をそのまま表しているかのようなクロを置き去りにはできなかったのである。

受験に向かったはずの私は、見知らぬ土地で自分の後をついて離れなかった真っ黒な子犬をカバンの中に隠し、地元の駅に降り立った。

玄関でクロと私を迎えてくれた家族の驚きと安堵の顔は今でもはっきり覚えている。
「加助さんちの人美ちゃん、東京へ受験に行って犬を拾って帰ってきたらしい・・・」
たちまち近所にうわさが広まった。


一歩外へ出ると皆知り合いという田舎に育つ子どもが、キラキラした都会の中を歩く時に経験する孤独さ。そして、孤独は一歩ずつ前へ進むたびに味わったことのない無限の自信と夢へつながっていく。

そんな勇気を与えてもらった遠い日の思い出は、今も生きる糧となって心の中に息づいている。







クローバーエッセイをお読みいただき、ありがとうございました。
子どもたちが強く社会を生き抜くために、自分は何ができるのか、何を残せるのかを問い続けながら出版を目指しています。