ただいまのBGM:戦争レクイエム
ただいまの酒:麦とホップ
元旦の深夜は朝まで生テレビを見ながら過ごした。
知識人たちが政治や経済のことを中心に熱く議論していたが、
僕は政治や経済のことがあまりよく分からない。
そんな中、僕が最も興味を持った議題は「若者の就職難」だ。
この議題が始まったとき、
スタジオに呼ばれていた若者の団体の代表が喋った。
(就職活動の形式を変えろとデモをしていた団体らしい)
この若者が就職活動に関する意見を熱く述べたのだが、
心なしか大人たちの反応が冷たい。
そのとき一人のパネリストが、
「僕らのときもバブルがはじけた直後で就職が大変だった。
でもまあ、頑張っていれば必ず報われるから、
とにかく頑張って下さい。
それはそうと~」
という感じで、
若者の主張をあまり聞くことなく、
そもそも就職難の原因となっている不況をどうするかや、
就職活動のシステムの問題点や、
海外の就職事情との比較について論じ始めた。
僕はそのシーンを見たとき、
「個々人の事情よりも全体の利益を考えなければいけない」立場の人間と、
「たった一度の人生で不幸な境遇に巡り合ってしまった」立場の人間との、
格差と言うか、冷たい壁のようなものを感じた。
別に学生を冷たくあしらったパネリストを批判したいわけじゃない。
個々人の感情的な意見など、ましてや学生の青臭い意見など、
あの場では求められていないから。
パネリストの行動は正しい。
ただ、頭の良い論客達が、どれだけ有意義な議論をしたとしても、
(あの番組で実際に有意義な議論が行われていたかどうかは別としてね)、
生まれる時代が悪かった(つまりくじ運が悪かった)学生たちには全く関係が無いのだなぁ、
という事実が少し寂しかった。