母上のNY来訪2日目。この日は、美術館巡りなどして、夜は、「Wicked」のミュージカルを観にいく予定にしてたのですが・・・・・・。
朝9時過ぎに、アメリカ人のおばあちゃんの声で、電話がかかってきました。
「私、ナンシーよ。手紙を受取ったわ。ママはもうNYに着いた?実は、私達、今晩からマサチューセッツに行くから、今日しか予定があいてないのだけど・・・。」
ええーっ。
話を整理しますと。
① 約30+α年前に、両親と私(まだ、数か月の赤ちゃん)は、コネチカット州に住んでいた。父は、研修医をしていた。(らしい)
② 同じ病棟で看護婦をしていたナンシーさんご夫妻。外国から来て貧乏暮しをしてた私たち一家を不憫に思い、何かと面倒見てくれた。(らしい)
③ その後、30+ン年あまり、年に一度の、クリスマスカードの仲。
④ そして、今年。母のNY来訪にあたって、何度も彼女に電話してみたのだけど、不通。
⑤ そこで、手紙を書いて、「母が来るので、会いに行きたい」ってお伝えしていた。(これが、1週間前のこと)。
そして、ナンシーさんは、手紙を受け取り、電話してきてくれたわけです。
私 「んじゃ、今日絶対行きます!お家は前のままですか?」
ナンシーさん 「コネチカットの、40年前と同じ大きな家に、主人とたった2人で住んでるわ。あなたのママが弾いてたピアノもあるし、全てあの頃のままよ。」
私 「わかりました。んじゃ、3,4時間後には着くようにしますから!」
ナンシーさん 「じゃあ、御馳走作って待ってるわね。」
それからが、ちと大変。速効で、レンタカーの手配をし、当初の予定、ミュージカルとご飯をキャンセルして、ややバテ気味の母を起こし、いざ出発。
もー、カーナビさまさまです。マンハッタンから、コネチカットの1軒屋を目指し、ひたすら車をぶっとばし。
そして、お疲れ気味の母は、車の中で、ローキーモード。
母 「もう英語忘れちゃったから、お母さん、話せないよ。。。。。困ったなあ。お願い、通訳してねー。」
私 「今さら、ヒヨらないでーーー。(汗)」(さらに、初めてのコネチカットへの運転に結構汗、汗。)
そして、運転すること3時間。コネチカットの奥の方の、のどかな住宅街に、そのお宅はありました。古い、木造の一軒家。なんとなく、こんな風景だったという母・・・。「懐かしい感じ。」
相当年季の入ったフォードの車が1台駐車された場所に、こちらもレンタカーを無理において。
恐る恐る・・・・トントン。「Hello!」
すると、元気なおばあちゃんが、家の中から笑顔いっぱいで顔を出してきた。
「XXX(母の名前)なのね?会えて嬉しいわ!!!」
さっきまで、英語は全く忘れた、などとのたまわってた母ですが、
「Oh, Nancy! Long time no see...!」と、涙ぐんで、抱擁・・・・そこからは、英語で勝手にやってました。
当時40歳過ぎの看護婦だったナンシーさんは、もう80歳。エンジニアだった旦那様も、85歳。25歳だった母は、いまや60台半ば。
30ン年ぶりの、信じられない再会に、本当に嬉しそうな3人。
お子さんが4人いて、それぞれ旅立ってしまった後、大きな1軒屋に住むナンシーご夫妻。
広く優しく居心地のいいお家は、母曰く、「全く昔と変わってない」そう。・・・・「また、ここに来れるなんて。」。
本当によかったね!
遅いお昼ごはんをご馳走になり、30ン年の間の積もる話に花を咲かせてると、あっという間に5時間以上・・・。
アメリカの素朴な家庭料理と、御夫婦の素敵な笑顔と、豪華ではないけど、心の温まるインテリア、調度の中で、楽しく過ごした時間でした。
ナンシーさんのおもてなし、あたたかい心配りに、感動・・・・。
そうして、コネチカットを出たのは、夜の7時過ぎ。
母と、ナンシー夫妻は、何度も抱擁して別れを惜しんでいました。今度いつ会えるか分からないのだもの・・・。
30ン年の時間を一気に巻き戻した1日。
母の代わりに、これからナンシー夫妻に恩返しをしなきゃと、心に誓った私。
2人で静かに暮らしてるから、是非遊びにきてね。
夏は、ケープ・コッドの別荘で過ごすから、訪ねていらっしゃい。
今年の冬こそ、METのオペラを観たいと思ってるの。一緒に行きましょうね。
たくさんの約束を、ご夫妻としてきました。
あと1年を切った私のNY生活。その間、できるだけたくさんの機会を作って、ナンシーさんご夫妻と時間を過ごしたいと思います。
