吉本興業の社長の会見を見ていて、

ふと、NHK時代の部長の発言を思い出した。

 

もう10年ちょっと前になるが、

当時NHKでは海外向けのNHKワールド(国際放送)を

24時間化に向け、準備を進めていた。

 

多数のネイティブと契約はしているものの

基本、日本人職員が日本語で仕事をする中で

英語版のニュースを制作していくのだから

日本語の通常のニュースと比べても

時間と手間暇がかかり、決して楽ではない。

少ない人数で夜通し生放送を出したいというのが

上層部の考えだった。

 

当然、現場の若い人たちは

この業務改革に大反対だった。

有無を言わさず24時間化に向けて

どんどん流れができていく中で、

現場は24時間夜通しで働かされることになる

新体制に怯えていた。

 

そしてある後輩が部長に

「無理な業務改革はやめて欲しい」と

直談判したらしいという噂が流れてきた。

お腹を拳骨で殴られたという。

デスク、つまり中間管理職だった私は

すぐにその後輩に事の真相を聞いてみた。

後輩は多くを語らなかったが、

かなりの言い争いになった様子だった。

もう何を言っても無駄、と

後輩は諦めて沈黙を守ることに決めたようだった。

 

NHKは本来、とてもおおらかで、自由闊達だ。

記者の中には確かに体育会的な

先輩後輩関係はあるが、

どちらかというとファミリー的で

むしろお節介な感じだ。

 

後輩を殴った部長は、普段は大変に温厚で、

その世代の日本人男性としては珍しく

とても綺麗な英語を堂々と話す

いわゆる「仕事ができる上司」だった。

ところがこの一連の業務改革を

無理に推し進めたことで、

私たち部下は皆で「独裁者」と

部長のことを呼んだりしていた。

 

数日後の通勤時、

たまたま原宿駅で部長と一緒になった。

疲れているからタクシーで

ということになり、

「最近、どうですか?」と聞いてみた。

「いやぁ〜眠れないんだよ〜」と

部長は嘆いていた。

経営の理想と、現場の士気の維持との狭間で

苦しんでいる様子だった。

 

午後、眠気を覚ますための栄養ドリンクを

差し入れたら、部長がすごく喜んでいた。

 

兼ねてから仲は悪くないと思ったので、

これだけの強硬な業務改革は

ちょっとまずいのではないかと、

デスクとして、

部長に進言することにした。

 

私は廊下で部長を呼び止めた。

多くの若い人が

英語ニュースを24時間化するのは

無理だと思っていること。

日本語の原稿を英語に翻訳して、

チェックして放送するには

どうしても1時間の「時差」が生じてしまい、

下手をするとその1時間のうちに

状況も変化してニュースが

古くなってしまう場合も出ること、

これだけの不満が渦巻いている中で

自分もデスクとして引っ張っていく自信がないこと。

 

すると部長は腕を

組んだまま言い放った。

「俺についてくるか、辞めるかだっ!」

 

この一言だけだった。

 

当時すでに私は20年選手だったが、

この部長の発言には心底驚いた。

「辞めろ?」と言ってる?

「辞めろ」の一言は

会社組織の中で上司が部下に対していうべきことではない。

パワハラであり、下手をすると脅迫だ。

 

部長、頭がどうかしてしまった・・・・

忙しすぎるのだと思った。

何を言っても無駄、だ。

このまま無抵抗についていくしかないのか?

中間管理職の私は

何をどうすれば良いのか?悶々とした。

 

そして退局後、気晴らしに明治神宮に行った。

散歩がてらに本堂にお参りして、

「部長のご乱心が

なんとか収まりますように!!」とお願いした。

 

すると一月ほどして

(念のため言っておくが

これは冗談ではなく、事実です)

部長が自宅マンションで

孤独死しているところが発見された。

 

上司は部下に「やめろ」なんて

言うものじゃないのだ。

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