私はかつての帰国子女で、

英語関係の仕事をして来た。

特にNHK時代、

国際放送局の管理職になってから

これまで20年近くは、

まさに英語で食って来たと言っても

決して過言ではない。

 

しかし私は北九州生まれで

帰国子女とは言っても、

12歳から18歳までの6年を

海外に過ごしたに過ぎない。

どっぷりと英語の環境に浸かったのは

高校時代の3年半だけだ。

 

今でも赤面してしまう

高校時代の思い出を語ってみよう。

(どこかですでに書いたかもしれないがw)

ある日、クラスメートたちと

他愛ない話をしている中で、

氷河期の話になった。ice age である。

 

で、私は

「あの時代にはマンモスがいたわよね〜」

と言いたかった。それを英語で言った。

と言うか、言ったつもりだった。

 

周りのクラスメートたちが

きょっと〜〜ん........としている。

 

あれ?マンモスも知らないの?

無知だネェと内心思いながら、

(多分)ドヤ顏で

「いたじゃないのよ、でっかいマンモスがさぁ!」

 

みんな固まっていた。

 

「ほら、いたじゃないの

ほらっ、ほらっ、

私は両手を広げて叫んだ。

 

あの

びぃっぐえれふぁんと

よぉ〜〜〜!!!

 

おぉ〜〜!まます!!

Oh, mammath !!! 

クラスメートの一人が叫んだ。

 

マンモスはmanmos ではなく

最後には想定外の 

「th」 が入るのだった・・・

顔から火が出るとは

まさにこのことでした・・・

 

以来、日本語に成り切ってしまった

外来語を使うときは

絶対にスペルを確認している。

 

かつて「マンモスうれぴ〜」とか

言ってたアイドルがいたけれど。

マンモスじゃなく、

まます!! mammath だからね

 

あの時の屈辱感は

私が英語を勉強し続ける

「原点」となっている。