【光る君へ】「涙なくては見れなかった」『枕草子』爆誕秘話、史実無視でも「見たかったを見せてもらえるのがフィクション」集まる感動© SmartFLASH
『光る君へ』主演の吉高由里子
徒然なるままに、アップしてしまいました。
確かに、面白くて毎回欠かさずに視聴しており、
近づきがたい貴族階級の「源氏物語」を、
一般庶民にまで広めるという意味では、
その意義を完全に否定するものではありません。
もっとも、奇をてらうかのように、
史実をかなり修正あるいは曲解してさえおり、
(そもそも紫式部と清少納言とは同時代人だった?)、
これでは現代の貴族階級とみられる
世襲や特権にあぐらをかく「上級国民」の思う壺でもあり、
さすが大河NHKと皮肉りたくもなるのではあるまいか…。
いずれにしても、視聴率が上がればヨシということであれば、
「今だけ、カネだけ、自分だけ」という、
令和のいまの世相と平安絵巻が、意外にもぴったりと符合して、
「いとおかし」ということなのかもしれない(苦笑)。
興味深い「光る君へ」ではあるが、
最終的な評価を下すには、
時期尚早であることだけは確かだろう…。
みなさんはいかがだろうか?
5月26日、NHK大河ドラマ『光る君へ』の第21話「旅立ち」が放送された。
長徳の変により兄たちが内裏を追われ、出家した中宮・定子(高畑充希)。孤独を深める定子を案じるききょう(=清少納言、ファーストサマーウイカ)は、まひろ(=紫式部、吉高由里子)を訪ね、定子を元気づけるいい方法はないかと相談する。そこでまひろは「中宮様のために何かお書きになってみたらよいのでは?」と提案。ききょうは「春はあけぼの」と書き出し、『枕草子』が誕生した――という話が展開した。
この第21話に、Xでは
《枕草子爆誕美しすぎる。清少納言はなんとなく好きじゃなかったけど、考え変わったわー。涙なくては見れなかった》
《運命に翻弄される定子と清少納言の定子への想い…まさに神回でした 春はあけぼの…がこんなに感慨深くなるなんて…枕草子がさらに大好きになりました》
《枕草子のシーンすごく美しかった。学生時代テストのためだけに覚えた枕草子だけど、ちゃんと読みたくなった》
など、絶賛する声が並んでいる。
清少納言を演じているファーストサマーウイカは、地上波放送終了直後の26日午後9時すぎに、自身のXを更新。「春はあけぼの」などと書いた多数の紙の写真を投稿し、
《枕草子のシーンは 紙と細筆に向き合い何時間も稽古しました。写真は空き時間にひたすら書いていた練習のもの。10年習字習ってて良かった》
と、撮影の裏話を披露している。
何かと比較され、不仲説さえある紫式部と清少納言だが、『光る君へ』では、互いの存在を認め合うソウルメイトとして描かれている。
清少納言が『枕草子』を書き始めたきっかけが、紫式部の提案だったというのは、あくまでもドラマのオリジナルだが、このことについてXでは
《大河、枕草子執筆のきっかけが紫式部のアドバイスとか本当にやめてくれ。主人公を美化するために歪めないでくれ》
《大河ドラマが史実に則っていないことは承知してるが、さすがに歴史改竄が酷いのでは?》
などの声も。
ただその一方で、
《「枕草子」執筆のきっかけが紫式部なんてことはないのだろうが、「それが見たかった」を見せてもらえるのがフィクションのよいところだと思いました》
《枕草子誕生秘話爆誕w 正直もうこれが史実で構わん、というほどの圧倒的なシーンでしたw》
と、あくまでも史実とは違うことを踏まえて、脚本の巧みさを称賛する意見が圧倒的に多くみられる。史実よりも、ドラマとしてのおもしろさが評価されているようだ。
参考:
(中丸)紫式部と清少納言は同時代人ですか?
(Bing)紫式部と清少納言は同じ平安時代に生きた人物ですが、宮仕えしていた期間が異なり、直接的な面識はなかったとされています。清少納言が宮仕えをしていたのは西暦993年頃から1001年頃までで、紫式部が宮仕えを始めたのは約4年後の西暦1005年頃から1012年以降と言われています1。そのため、彼女たちが同時に宮廷にいた期間はなく、直接的な関わり合いは確認できないため、面識がなかったとされています1。
ただし、紫式部は自身の日記で清少納言に対して厳しい評価をしており、一方的にライバル視していた可能性があるという見方もあります1。また、清少納言と紫式部の娘たちは共に一条天皇の中宮彰子に仕えていたとされていますが、母親同士の関係性については明確な記録は残っていません1。
枕草子とは (あるネット情報から)
枕草子は清少納言によって書かれたとされる随筆です。清少納言は平安時代中期の作家・歌人で、一条天皇の皇后であった中宮定子に仕えました。ちなみに枕草子は、兼好法師の『徒然草』、鴨長明の『方丈記』と並んで「古典日本三大随筆」と言われています。
原文(本文)
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光て行くもをかし。雨など降るもをかし。
秋は夕暮れ。夕日の差して山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
冬はつとめて。雪の降りたるは言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。
現代語訳(口語訳)
春は夜がほのぼのと明けようとする頃(が良い)。(日が昇るにつれて)だんだんと白んでいく、山際の辺りがいくらか明るくなって、紫がかっている雲が横に長く引いている様子(が良い)。
夏は夜(が良い)。月が出ている頃は言うまでもなく、(月が出ていない)闇夜もまた、蛍が多く飛び交っている(様子も良い)。また(たくさんではなくて)、ほんの一匹二匹が、ぼんやりと光って飛んでいくのも趣がある。雨が降るのも趣があって良い。
秋は夕暮れ(が良い)。夕日が差し込んで山の端にとても近くなっているときに、烏が寝床へ帰ろうとして、三羽四羽、二羽三羽と飛び急いでいる様子さえしみじみと心打たれる。言うまでもなく雁などが隊列を組んで飛んでいるのが、(遠くに)大変小さく見えるのは、とても趣があって良い。すっかり日が落ちてから(聞こえてくる)、風の音や虫の鳴く音などは、言うまでもなく(すばらしい)。
冬は早朝(が良い)。雪が降(り積も)っているのは言うまでもなく(素晴らしく)、霜が(降りて)とても白いのも、またそうでなくてもとても寒い(早朝)に、火などを急いでおこして、(廊下などを)炭を持って移動するのも、たいそう(冬の朝に)ふさわしい。昼になって、生暖かく(寒さが)だんだんとやわらいでいくと、火桶に入った炭火も白い灰が多くなっているのは(見た目が)よくない。