「異次元緩和」脱却を成長の好機に | 元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

「経済崩落7つのリスク」、
「マネー資本主義を制御せよ!」、
「緩和バブルがヤバい」、
「日本復活のシナリオ」等の著者による世界経済と国際金融市場のReviewとOutlook

「国家の盛衰を決めるのは、政治経済体制が収奪的か包括的かの差にある」(アシモグルら)

掲題の今朝の日経社説。

一理あるものの、

問題なしとしない。

 

一言でいえば、

日銀の政策転換は

余りに小出しであり、

遅きに失しているためだ。

 

2%を大きく超えるインフレ状況を所与として、

政策金利を高々0.1%程度の

名目プラス圏に戻したところで、

政策金利をはじめとして短期金利

ならびに長期金利は全て

インフレ調整後の実質ベースで

マイナス圏に大きく沈み込んだままだ。

 

より肝心な今後の金融政策の正常化の道筋に関しても、

植田総裁は極めて恣意的な言及に終始しており、

日銀の金融政策の今後は余りに不透明であり、

無責任とのそしりさえ免れまい。

 

したがって、マイナス政策金利からの脱却が

「公式にリーク」され始めた今週でさえも

大幅な通貨下落や株バブルの増幅が止まらず、

今後も物価や通貨の安定はおろか、

資産バブルの制御も期待できまい。

 

要するに、小出しで遅きに失した

日銀金融政策の「正常化」は、

我が国のインフレ加速と

資産バブルの増幅を既に制御不可能にしてきており、

日本経済とその金融市場は、

早晩、深刻な危機に陥ることが必至と見ざるを得ない。

 

いずれにしても、

インフレと資産バブル増幅という未曾有の経済危機には、

経済の原則に則った金融政策の粛々とした正常化に加えて

消費税撤廃に向けた消費税率の5%への恒久的な引き下げという

金融と財政政策の双子のマクロ経済政策の

ポリシーミックスなしには対処できない。

 

したがって、同社説は一理あるものの、

「「異次元緩和」脱却を成長の好機に」は、

絵に描いた餅に過ぎないとの厳しい批判を免れない。

 

 

なお、我が国の消費者物価(CPI)上昇率は

既に2022年4月頃から、

政府・日銀が国民に2013年以降

過去約10年間も約束してきていたはずの

2%物価安定目標をほぼ2年間超えてきている。

 

直近データでも、

2月全国ベースCPIが今週末金曜日に公表予定だが、

前月の1月統計によれば、

一時的な要因を除く生鮮食品やエネルギーを除く

日本版コアコアCPI(=欧米版コアCPI)は、

前月比で+0.2%(単純年率+2.4%)、

前年同月比では+3.5%にも達してきている。

 

しかも、1月全国ベースの生鮮食品を除く食料品価格

前年比で+5.9%も上昇しており、

昨年夏に発生した二桁上昇に迫る

異常なインフレ状況からは脱しつつあるものの、

いまだに日本の一般消費者は

生活費高騰の危機に直面してきていることが明らか。

 

一方、資産市場に目を転じて、

ドル円レートは2022年4月月初の121.64円から、

2024年3月20日時点では151円台に迫ってきており、

約24.1%の大幅円安・ドル高を記録しつつある。

 

他方、日経平均株価は、2022年4月月初の2万8203円から、

昨日2024年3月19日の終値は4万3円と、

実に+41.8%も大幅高を記録しつつある。

 

明らかに2022年4~5月ごろから本格化した

米FRBの連続大幅利上げの開始と、

当時の日本のマイナス政策金利と

YCCを中心とした異次元金融緩和の墨守を背景とした

我が国のインフレ高進と資産バブル増幅とは

単に相関関係だけでなく、

日米の金利差拡大を名目と実質ベースで共に助長してきたことで、

明らかに因果関係を持つと考えざるを得ない。

 

ところで、米政策金利の引き下げを期待する向きが

内外で優勢となっているかに見られるものの、

最近の米経済データはむしろインフレ再加速の兆候を示唆しており、

米政策金利はむしろ今後再度引き上げられる可能性さえ排除できまい。

 

いずれにせよ、いまだに恐怖指数(VIX指数)が

通常の20%を大幅に下回る14%程度で推移しており、

国際金融市場全般がかなり慢心してきているのも気がかり…。

 

最後に、言うまでもなく、日本経済の約1割に過ぎない大企業と

大労組による春闘での賃上げと物価上昇には

好循環が存在するとは詭弁に過ぎまい。

 

そもそも物価と賃上げは

インフレスパイラル懸念で悪循環することさえあれ、

好循環することは期待し難い。

 

事実、過去2年間ほど日本の名目賃金上昇は物価上昇に追いつかず、

実質賃金は低下傾向にあることは周知の事実。

 

こうして、インフレと通貨安及び資産バブルの中で、

高消費税率と高インフレ税のダブル・パンチや

(実際ににはそれらの間の掛け算部分を加えた)

トリプル・パンチで疲弊するばかりの我が国の一般消費者。

 

この意味でも、日銀は物価と通貨の番人ではなく、

政府の番犬に過ぎないとの厳しい批判を免れない。

(ちなみに、故城山三郎氏の

名著「小説日本銀行」は是非一読をお勧め。)

 

そして、2023年10~12月期GDPの2次改訂で

かろうじて3四半期ぶりに前期比プラスに転じた企業設備投資と

2期ぶりに前期比プラス成長に転じた日本経済(実質GDP)ではあるものの、

消費税率が10%に引き上げられる前で、

コロナ禍前の2019年7~9月期の水準と比較すると、

消費と(企業設備)投資は共に絶対金額で実質ベースで縮小してきており、

民間の持続的な成長に不可欠な双発エンジンである消費と投資の

好循環などは今だに実現できていない現状もある。

 

賢明な国民ならば、戦前・戦中の大政翼賛会の様に

客観的な根拠もなく「好循環」などと強弁する

政府・日銀そしてNHKや日経等を代表とする

我が国の主要メデイアによる

恣意的で客観性に欠ける誤っていて悪質な情報操作に

惑わされないように留意したいもの。

 

(なお、遺憾ながら、NHKは昨日お昼のニュースで、

声明文公表前の日銀の政策変更を既に伝えていて、

筆者は大いに閉口した(苦笑))

 

 

 

 

日銀がマイナス金利政策の解除を柱に「異次元緩和」と呼ばれた異例の金融緩和策からの脱却を決めた。大企業の賃上げが歴史的な高水準となるなか、非常時対応だった枠組みを平時に近づけようとする判断は時宜を得たものだ。

 

異次元緩和は日銀主導で経済停滞を打ち破る試みだったが、超低金利に慣れきった企業も政府も変化への対応が遅れた。今回の決定を好機ととらえ、民間の活力を高めて成長の底上げにつなげたい。

市場と丁寧に対話を

18〜19日の金融政策決定会合では金融機関から預かる資金の一部にマイナス0.1%の金利を課す仕組みの廃止を決めた。今後は翌日物の市場金利を0〜0.1%の幅で誘導する。

 

長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)と呼ぶ長期金利を抑える措置も撤廃し、上場投資信託(ETF)などは新規購入を終了する。

 

植田和男総裁は記者会見で「賃金と物価の好循環の強まり」を受け、目標とする2%の物価上昇の定着について「実現していくことが見通せる状況に至った」と述べた。今年の春季労使交渉での賃上げ率が連合の第1回集計で5.28%と33年ぶりの水準となり「判断の大きな材料」にしたという。

 

黒田東彦前総裁のもと2013年に始まった異次元緩和は「2年で2%の物価上昇」を目標に未曽有の規模で国債を買い上げる非常時の対応だった。当初は円安や株高が景気を押し上げたが、目標は2年では果たせず、その後はマイナス金利やYCCへと変遷した。

 

近年は強引な新発国債の買い集めが金利体系をゆがめ、一時は企業の資金調達に支障が生じた。円安も加速し、物価高に拍車がかかって国民生活を苦しくした。

 

好循環の強まりを機に、異例の措置を終えるのは適切な判断だ。植田氏は「異次元の手段は必要なくなった」として、「短期金利を主たる政策手段とする普通の金融調節」に戻すと語った。簡素な枠組みになり、状況に応じた政策の調整が容易になる。国民や市場へのメッセージも明確になる。

 

緩和的な政策運営がすぐに終わるわけではない。植田氏は「当面、緩和的な金融環境が継続する」と指摘し、経済・物価情勢に応じて利上げの機を慎重に探る考えを示した。より丁寧な市場との対話や精緻な情勢判断を求めたい。

 

カギとなる適切な政策金利の水準について分析を進めるとともに、先行きの金利の姿について、欧米中央銀行の情報発信も参考に市場との共有に努めてほしい。

 

米欧のインフレ圧力は根強く、米国では商業用不動産の調整リスクもくすぶる。海外情勢や国際市場の変化にも目を配り、柔軟な政策運営を心がけるべきだ。

 

YCCの撤廃後も当面は長期国債の潤沢な購入を続ける。長期金利の安定を重視する妥当な判断だが、国債発行残高の5割超を日銀が持つ異常事態は変わらない。市場や政府と対話を重ね、国債保有の削減や政府の財政規律の確保へ長期的な展望を練る必要がある。

 

今回の政策変更は「金利のある経済」の第一歩にすぎず、経済活動への直接の影響は小さい。ただし利上げがゆっくりと進めば、住宅ローンや企業向け貸出金利も上がり始めるだろう。家計も企業も新しい環境に備えていきたい。

 

異次元緩和の教訓は、金融政策だけで経済を復活させるのは難しいという事実だ。今回の決定を機に、民間主導の持続的な経済成長へとつなげたい。

民主導で変革に挑戦

賃金と物価の好循環が続くには「物価を超える所得増」、すなわち実質賃金の上昇を定着させる必要がある。欠かせぬ労働生産性の向上は、人手不足のなかで潜在成長力を引き上げる道でもある。

 

物価も賃金も動かず、金利も超低位だった長年の状況は、生産性の低い企業の延命を許し、経済の変革を妨げてきた。この構図が変われば、果敢にリスクをとって収益を高められる企業が人材獲得や価格設定で優位に立つ。金利機能の復活によって、お金はそうした企業に有利な条件で集まる。

 

企業は動き出している。味の素は利益成長との両立をめざして値上げを進め、賃上げにも取り組みつつ最高益の更新を見込む。

 

経済の新陳代謝を促すため、企業はM&A(合併・買収)をもっと活用し、政府や金融業界は円滑な企業再編や事業継承を強力に支援してほしい。人材が生産性の高い分野に移れるよう政府は再教育を通じて人々の能力向上を促し、労働移動の「痛み」を和らげる方向に政策のかじを切るべきだ。