今週のウィークリー:政治とカネ、カネ余り、そしてモラル・ハザード(倫理弛緩)相場が日本を蝕む | 元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

元世界銀行エコノミスト 中丸友一郎 「Warm Heart & Cool Head」ランダム日誌

「経済崩落7つのリスク」、
「マネー資本主義を制御せよ!」、
「緩和バブルがヤバい」、
「日本復活のシナリオ」等の著者による世界経済と国際金融市場のReviewとOutlook

「国家の盛衰を決めるのは、政治経済体制が収奪的か包括的かの差にある」(アシモグルら)

 

2024年1月23日

 

 

茂木自民幹事長のNHK日曜討論での「経済はよくなっているのは間違いない」のウソ

 

 

アサ芸bizが「経済がよくなっているのは間違いない」自民・茂木幹事長に批判の嵐「どこが?」(2024年1月22日付)と冠して、かなり興味深い記事を掲載しています。末尾に原文のまま引用しておきますのでご参照ください。

 

いずれにしても、茂木幹事長の言う通りに、「経済はよくなっているのは間違いない」のでしょうか?

 

先週のウィークリーでもお伝えしましたが、日本経済は2023年7~9月期GDPがインフレを調整した実質ベースで3期ぶりの前期比マイナス成長に陥っています。他方、GDPデフレーターと称する付加価値ベースで見た国内インフレ率は7~9月期に前期比+0.7%(単純年率+2.8%)を記録しています。同デフレーターは前年同期比で見ると7~9月期に+5.3%と歴史的に見て第2次石油危機時に迫るかなりの高インフレ率を記録しているのです。

 

なかでも特に深刻な点は、民間主導の持続的な経済成長のために不可欠な双発エンジンである消費と(設備)投資が2期連続の前期比で縮小したことにあります。

 

つまり、インフレとマイナス経済成長の共存という1970年代並みのスタグフレーションに入っているのが、4半期ベースのGDP統計でみた日本経済の現実なのです。ちなみに、GDPは経済の鏡であるとされています。

 

それでは、7~9月期以降の日本経済は、その後、自民幹事長の主張するように、一転して良くなってきているのでしょうか? 答えは、否と言わざるを得ません。

 

マイナス成長に陥った7~9月以降も経済が不調である証拠に、11月までの家計消費や鉱工業生産などを見る限り、それまでの消費と投資の悪循環が好循環に転じた証左は皆無といっても過言ではないのです。

 

単に、大幅な円安や株高が増幅して、実体経済の悪さを覆い隠しているに過ぎません。

 

例えば、企業収益と整合的なはずの鉱工業生産は、直近の11月データでも少しも芳しくありません。企業設備投資の一致指標といえる資本財出荷は11月に前月比-6.8%、前年同月比でも-5.9%というかなりの落ち込みを記録しました。しかも、資本財出荷のかなりの前年比割れは、昨年7月以降に5カ月連続の前年比で減少してきているのです(過去5カ月間平均で前年比マイナス6.8%というかなりの前年同月比割れに陥ってきています)。

 

したがって、筆者がかねてから主張してきているように、10%の高消費税率とインフレ税の高まりというダブルパンチによって、消費と投資の双子の収縮が生じてきており、インフレとマイナス経済成長の共存というスタグレーションから日本経済が抜け出せないとの悪循環シナリオを、昨年末に公表された11月鉱工業生産速報値はいみじくも裏書きしているのです。

 

しかし、このようなスタグフレーションという悪循環の中にあってさえ、政府・日銀は従来の財政政策と金融政策による二つの過度な総需要刺激策をいたずらに踏襲し、それらの矛盾をまるで糊塗するかのように、賃金と物価上昇との好循環等という欧米経済学の常識ではまるで考えられないような空理空論を弄んでいます。

 

また、そのような信頼できない経済政策を掲げる政府・日銀を忖度するかのように、我が国の主要メデイアも、日本経済にとって誤っていて危険でもある風説の流布に忙しいようであることは、誠に遺憾であると言わざるを得ません。

 

 

日経社説(1月17日付)「企業は高い賃上げと改革で成長目指せ」を批判する

 

例えば、日経社説は先週水曜日に小見出しのタイトルを冠して社説を掲載しましたが(末尾添付②)問題なしとしません。

 

なぜなら、既に指摘済みの様に、「物価上昇に負けない賃金引上げを目指す」先進国は、G7の中でも日本以外に存在しません。というのも、インフレ下では、物価と賃金の悪循環というインフレ・スパイラルを懸念することが欧米経済学では常識であるからです。

 

いずれにしましても、まず、日本の賃金の実績を見てみましょう。既に先々週の1月10日に厚生労働省が発表していた2023年11月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上の事業所)によると、1人あたりの賃金は物価を考慮した実質で前年同月比3.0%減少しました。マイナスは20カ月連続でした。つまり、物価高に賃金上昇が追いつかない状況が2年間弱も続いてきているのです。

 

なお、11月の名目賃金(現金給与総額)でさえも、前年同月比で僅か+0.2%しか増加していません。これでは、物価高に賃金上昇が追いつかない状況が続いているのは無理もありません。

 

さらに、先々週の1月9日に総務省が発表していた11月家計調査によると、2人以上の世帯の実質消費支出は前年同月比マイナス2.9%でした。消費支出の前年比減は9カ月連続であり、季節調整済み前月比でも実質1.0%の減少となりました。

 

なかでも最も衝撃的なポイントは、消費支出の落ち込みもさることながら、家計収入が11月にインフレで前年比実質-4.7%とかなり落ち込んだのみならず、インフレ調整前の名目ベースでも同-1.6%の減少を記録したことでした。インフレ下で家計の名目収入が減ることなど通常は考えられない出来事です。

 

一方、先週発表された物価統計はどうだったでしょうか?

 

政府・日銀が最も重視しているはずの、生鮮食品を除く消費者物価指数すなわちコアCPIは、先週末の19日金曜日に発表されましたが、2023年に前年比3.1%上昇を示し、暦年で2年連続、政府・日銀の2%物価安定目標値を上回りました。

 

しかも、電気代や都市ガス代の負担軽減策によって、およそ0.8%ポイント余りコアCPI上昇率は押し下げられており、これがなければコアCPIの上昇率は2023年に3.9%程度となったはずであると、総務省は試算しています。

 

さらに、短期的に変動の大きくなりがちな生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPIも2023年通年で前年比+4.0%というかなりの上昇率を記録しています。

 

こうして、結局、日本の2023年の物価上昇率は、真のコアCPIの3.9%であっても、短期的な変動が少ないコアコアCPIベースであっても、2023年に約4%のインフレを記録したことになるのです。

 

このように重要な消費者物価の暦年での2年連続での2%物価安定目標超えを、NHKなどの一般メデイアは別として、いかんながら、日経をはじめとする金融関連メデイアは十分にハイライトしていないのは遺憾です。

 

むしろ、これらの金融関連メデイアは、12月コアCPIが前年比で2.3%に止まったことに焦点を当てて、我が国のインフレ率が減速(デイスインフレ)してきているかのように強調しがちですが、それはかなり眉唾ではないでしょうか。

 

というのも、CPIの川上にあるとされるPPI(生産者物価指数)が11月と12月に2か月連続で前月比+0.3%(単純年率+3.6%)の上昇を記録しました。また、12月コアCPIも前月比でみると+0.2%(単純年率+2.4%)を記録しています。

 

さらに重要と思われる点は、短期的に変動が大きくなりがちな生鮮食品とエネルギーを除くコアコアCPIは、前月比でみると過去1年間首尾一貫して0.2%上昇を下回ったことがなく、最新データの2023年12月でも前年同月比では+3.7%というかなりの上昇率を記録していることです。

 

加えて、2024年年初来の大幅円安再燃も本年以降の物価上昇にこそ寄与することはあれ、肝心の賃金にとっては、輸入コスト上昇によってむしろ抑制的に働くのではないでしょうか。

いずれにしても、実質賃金低下は既に20カ月連続で継続してきており、物価高に賃金上昇が追いつかない状況が続いてきているのが現状です。

 

単に政府・日銀等が音頭を取って賃上げ要請をしたところで、「ない袖は振れない」というが少なくともスタググレーション気味と見られる日本経済の中に位置する我が国の労働市場の需給が示唆しているところではないでしょうか。

 

インフレ税の高まりで消費と投資の悪循環

 

その主たる理由を求めれば、日本経済がもともとの高消費税率に高インフレ税が加わることで、個人や家計の実質可処分所得が大きく削減されることがあります。

 

消費が抑制されるため、大幅円安で潤う輸出大企業を例外として、国内売上や国内利益の増加が見込みにくい国内企業を中心として設備投資が抑制されることが大きいと見られます。

 

また、投資の抑制が生産と所得そして消費のさらなる抑制という悪循環に繋がってきていると見られます。

 

最後に、このように高インフレが続き株式や為替レート等の資産バブルが増幅するなかで、一方で岸田政権は財政支出の大盤振る舞いを続けて、他方で植田日銀はマイナス政策金利を代表とする異次元金融緩和をいつまでも延命させて、我が国の財政政策と金融政策は総需要を過度に刺激し続けてきています。

 

したがって、賃金も「デフレ完全脱却」もと、2兎を追うのではなく、既に2%物価安定のための金融政策正常化という一石だけを投じて、物価安定と実質賃金の上昇という二つの鳥を首尾よく得ることに成功しつつある、FRBや米経済の教訓を我が国はなぜ素直に学べないのでしょうか。

 

政府:日銀は、経済の論理ではなく、政治の論理で動いていると見ざるを得ません。

 

いずれにしても、同社説は、大企業中心の経団連等に偏重しているとの批判を免れないでしょう。昨年Q3に実質マイナス成長に陥り、消費と投資の2期連続の前期比縮小を記録して、民間主導の持続的な経済成長にとっての双発エンジン(消費と投資)が不振のままでは、遺憾ながら、中小企業を含む一般企業に高い賃上げを求めることほどの空理空論はないとさえ揶揄されかねないでしょう。

 

野口悠紀雄氏の「日本は「金融正常化」しなければ沈んでいくだけだ 異常な円安にも終止符を打つことができる」は必要だが、十分条件ではない

 

末尾に小見出しを冠した東洋経済オンライン記事を添付しています。執筆者は野口悠紀雄氏であり、かなり説得的ですが、金融正常化だけでは足りません。

 

消費税撤廃に向けた5%への消費税率の恒久的な引き下げを同時に実施しなければ、金融正常化にともなう金利上昇の景気後退面での副作用を抑制することは困難だからです。

 

さらに、今回の安倍派を代表とする自民党の政治とカネの不祥事でも明らかになってきたように、大企業への補助金等の汚職を招きやすい不公正で非効率な産業政策を撤廃すべきです。

 

自民党最大派閥の安倍派主導による岸田政権、否、自民党政権の「政治とカネ」の不祥事が一段と深刻化し、また迷走してきているかにみえます。

 

同時に、10年間も大胆な金融緩和を第一の矢とするアベノミクスを支援し続けてきてしまった黒田前総裁から昨春代わった(ばかりの)植田日銀も、誠に遺憾ながら、アベノミクスの第一の矢を放ち続けて、我が国の「経済のカネ余り」現象を一段と増幅させてきていると見ざるを得ません。

 

これらの結果が、「今だけ、カネだけ、自分だけ」という今の社会風潮に繋がり、その行き過ぎが一方で「政治とカネ」を巡る不祥事に発展し、他方でインフレと資産バブルの増幅という戦後最大で最悪の政治経済面での複合危機に直面しているかに見えます。

 

このままでは、経済学者アシモグルとロビンソンが「国家はなぜ衰退するのか」で主張するように、「民主的で包括的な政治経済体制」の下にない我が国が一段と衰退して、滅び去ることも不可避ではないかと危惧されます。

 

結局、世襲化・特権化が進む「上級国民」が10%もの高い消費税率に加えて、今や高進する生活費高騰の危機に乗じるかのように高いインフレ税を賦課することで、一般国民を収奪・搾取するかのようなアベノミクス三番煎じの岸田自民党政権があることは否定できないでしょう。

 

したがって、非民主的で非包括的な政治経済体制にからんだ数々の腐敗を正面から糾弾して、そこからの完全なる清算や日本の大復活をこそ目指さなくてはなりません。

 

世襲化・特権化が進む「上級国民」による一般国民への収奪を止めさせるには、足元で加速するインフレ税の抑制と、これまでの10%消費重税の撤廃に向けた5%への恒久的な消費税率引き下げこそが核心にならなければなりません。

 

言うまでもなく、そもそも物価対策だというのなら、日銀の金融政策正常化こそが一丁目一番地にあらねばなりません。しかし、マイナス政策金利の解除をはじめとする一連の利上げを含む金融政策正常化のためには、副作用としての金利急上昇に伴う景気後退リスクは避け難いでしょう。このため、消費税撤廃に向けた消費税率の5%への恒久的な引き下げが不可欠になるのです。

 

こうして、物価安定と消費税撤廃に向けた5%への恒久的な消費税率の引き下げによって、はじめて消費と投資の好循環が生まれ、そして持続的な経済成長につながり得るのです。 (筆者のサミュエルソンの乗数・加速度係数による消費と投資の循環モデル(2023年11月マンスリー)をご参照))

 

いずれにしても、最大の危機は最大の機会になり得ます。いまこそ、日本大復活への千載一遇の機会が訪れていると信じましょう。

 

今では古色蒼然となってしまったアベノミクスに代わる、国民ファーストの経済政策を構成する①消費税撤廃、②金利の正常化、③恣意的な産業政策の撤廃、という新しい3本の矢で、非暴力による令和維新という「日本大復活」の可能性がいま、まさに拓けようとしています。

 

我が国のおそらく最後のチャンスをものにできるか否かは、ひとえに、私たち一人一人の自覚と強い意思だけにかかっています。

 

  

 

 

 

中丸友一郎

元世界銀行エコノミスト

 

 

 

 

添付記事:①  「経済がよくなってるのは間違いない」自民・茂木幹事長に批判の嵐「どこが?」(2024年1月22日付アサ芸biz:

 

 

「自民党派閥の裏金事件を受けて、関係者が立件された安倍派、岸田派、二階派が相次いで解散を発表。他の派閥の動向に注目が集まる中、第3派閥の茂木派(平成研究会)を率いる茂木敏充幹事長が1月21日放送の「日曜討論」(NHK)に生出演。番組内で語った日本経済への見通しに「楽観的すぎる」「どこが?」と批判が集中している。

 

番組後半、討論のテーマが日本経済に移り、司会者から24年の見通しを尋ねられた茂木氏は、バブル後の最高値と、600兆円達成が現実味を帯びた名目GDPに触れて、「所得の増加率は3%を超えるということでありまして、経済は好転するんですから、企業マインドを変えて、価格転嫁をしっかりして思い切った賃上げをやっていくことだと思います」と述べ、デフレからの脱却を掲げた。

 

その後、意見を求められた日本共産党・小池晃書記局長は、茂木氏の見通しを「楽観的なお話」と批判し、中小企業の倒産が急増していると説明。「一部の大企業だけ見ていても、景気の実態はわからないと思います」と反論。20カ月連続で実質賃金が下がっているとして、中小企業への支援、最低賃金1500円への引き上げ、非正規ワーカーの立場向上、消費税の減税、インボイス制度の廃止などを訴えた。

 

これに茂木氏は「デフレマインドをさらに強調したら、なかなか変わっていかない」と前置きして「よくなっているのは間違いないわけですから」と経済好転を強調。企業への投資を100兆円の大台に乗せ、成長分野への設備投資で収益と賃金が上がり、所得増加によって消費が拡大するとして、「こういう好循環。今日より明日はよくなるんだ。こういう社会を作っていく」と述べると、小池氏は「そういうトリクルダウンが失敗したんじゃないですか!」と一喝した。

 

「企業への投資で社会全体が潤うとする茂木氏の説明は、小池氏が指摘したように、まさにトリクルダウン理論。これは『こぼれ落ちる』という意味の言葉で、富める者が富めば、貧困層にも富が分配されていくという考え。安倍晋三元総理がアベノミクスの際にこのトリクルダウン理論を主張していましたが、実質賃金は上がらず、貧富の差は拡大するばかり。現政権でも、『トリクルダウンは起きなかった』という見方を示しています。茂木氏の『経済がよくなっている』という指摘は庶民にはあてはまりません。SNSでも『経済が好転? どこが?』『トンチンカンが過ぎる』『これが次期総理候補とは恐ろしい』といった意見が見られました」(メディア誌ライター)

 

番組放送後、茂木派の存続が報じられたが、これも「経済がよくなっている」と豪語した自信の表れかもしれない。」

 

 

添付記事:② 企業は高い賃上げと改革で成長目指せ1月17日付け日経社説)

「賃金を巡る春の労使交渉が始まる。30年間の停滞から脱し、日本経済が成長力を取り戻すための分岐点である。企業は高い賃上げで変革への決意を示してほしい。

 

経団連は16日、交渉の指針となる経営労働政策特別委員会(経労委)報告をまとめた。構造的な賃上げの実現が経団連と企業の責務だとして、昨年以上の積極的な検討を呼びかけた。基本給を引き上げるベースアップ(ベア)を有力な選択肢と位置づけ、若年層や非正規への重点配分も提案した。

 

賃金と物価の好循環を持続させるには、賃上げがまだ力不足だ。実質賃金は昨年11月まで20カ月連続で前年割れだ。日銀がマイナス金利政策を解除するうえで賃上げは最大の焦点になっている。

 

連合はベアで3%以上、定期昇給(定昇)と合わせて5%以上の賃上げ要求を目安として掲げる。この方針を経労委報告は「(労使の)検討・議論に資する」と異例の評価をした。今春の賃上げの重要性について労使の認識はほぼ一致しているといえる。

 

消費を下支えするためにも、定昇込みの賃上げは昨年実績の3.58%を上回る必要があるだろう。 

 

サントリーホールディングスなど、昨年と同等以上の賃上げをすでに表明する企業もある。この流れを太くしたい。上場企業の手元資金は100兆円規模に膨らんでいる。円安などを背景に業績が好調な企業も多く、賃上げの余力は十分にある。

 

人手不足が深刻になっており、優秀な人材の確保には他社を出し抜く賃上げも重要になる。国際競争力の観点からも日本の賃金水準の引き上げは不可欠だ。

 

重要なのは賃上げを起点に経営改革に踏み出すことだ。成長領域へ思い切った投資をし、人件費の上昇に耐えられない事業は撤退も視野に見直す。省人化などで生産性の向上を徹底的に進め、多少割高でも売れる付加価値のある製品を生み出すことが重要だ。

 

コスト削減を最優先し、人件費を抑制する縮小均衡の経営に戻れば成長はさらに遠のく。改革を通じて賃上げ原資を生み出す新たな成長サイクルを回すべきだ。

 

岸田文雄首相は昨年を上回る賃上げを産業界に訴えているが、賃金の決定は本来は民間に委ねるべきだ。産業の新陳代謝と成長分野への労働移動を促す改革こそが、持続的な賃上げに向けた政府の果たすべき役割である。」

 

 

添付記事:③ 「日本は「金融正常化」しなければ沈んでいくだけだ 異常な円安にも終止符を打つことができる」(1月21日付け東洋経済オンライン記事)

 

「金融の正常化は円安にストップをかけ、企業の収益に悪影響を与えるので、実現が遅れてきた。しかし、過剰な金融緩和の継続によって、日本経済の生産性が著しく低下した。ここからの脱却は、焦眉の課題だ。昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第112回。

2024年最大の課題は金融政策正常化

今年の金融政策の最大の課題は、金融の正常化の実現だ。ここで、金融の正常化とは、第1にマイナスの政策金利から脱却すること。第2にイールドカーブコントロール(YCC)を廃止し、長期金利の水準を市場の実勢に任せることだ。

1つ目について、コロナ禍で多くの国が政策金利をマイナスにしたが、その状態からは脱却した。**いま先進国の中でマイナス金利から抜け出せないのは、日本だけで、2つ目についていえば、もともと中央銀行の金融政策は、短期金利である政策金利を操作することであり、長期金利は市場の実勢に委ねるのが、伝統的な方法だ。市場で形成される金利体系に無理矢理に介入しようとする日本の金融政策は、下記のようにさまざまな問題を引き起こしている。

 

これまでの異常な金融緩和政策は、短期的な要請だけに動かされたものであり、低金利、円安、補助金漬けの経済をもたらし、その結果、日本経済の生産性が低下した。

 

生産性を低下させた理由は、次のとおりだ。

 

金利が低ければ収益性の低い投資が行われる。また、財政資金の調達が容易になるので、必要性の疑わしい財政支出がなされる。その結果、資源の無駄遣いが生じ、長期的に見た日本経済のパフォーマンスに負の影響を及ぼす。これは、「財政・金融政策の近視眼化」と言ってもよい現象だ。

 

また、日本の金利が世界的に見て(特にアメリカの金利に比べて)低すぎることは、過度の円安をもたらし、物価の上昇や、日本の国際的地位の急速な下落などさまざまな問題をもたらした。

 

こうした状況からは、一刻も早く脱却する必要がある。従って、マイナス金利とYCCからの脱却は、一刻も早く実現すべき課題だった。とくに、日銀総裁が交代した2023年の早い時期に、それが行われるべきだった。ところが、実際には、長期金利の上限見直しがなされただけで、上のような意味での金融正常化は、いまに至るも、行われていない。

金融正常化すれば、異常な円安から脱却できる可能性

2024年には、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)による金利の引き上げが終わり、場合によっては引き下げの過程に入る。これに加えて日本が長期金利の抑制策をやめれば、日米間の金利差が縮小する。

 

この結果、これまで数年間にわたって続いてきた異常な円安が終わる可能性がある。場合によっては、急激な円高に転じる可能性もある。

 

これは、上に述べた意味での円安の弊害をなくす意味で、日本経済の長期的パフォーマンスにとって望ましいことだ。しかし、短期的には多くの問題をもたらす。とりわけ、企業の収益に対して、大きなマイナスの影響があるだろう。

 

それを恐れて、金融正常化が遅れる可能性がある。しかし、円安による企業利益の増加は、数字上のものにすぎず、生産活動の拡大を伴うものではないことに注意が必要だ。 

 

金利が上昇すれば、国債による財政資金調達は、より困難になる(2024年度予算において、国債の利払い費の想定金利は、2023年度の1.1%から1.9%に引き上げられる)。

 

これは一般には予算編成を困難にするという意味で望ましくないことだと考えられている。しかし、2023年12月24日の本欄で述べたように、この数年間税収が順調に増加したために、財政規律が弛緩している。また、財政資金が潤沢なうちに基金として積み上げておき、後で自由に使おうという動きも広まった。こうした動きにチェックをかけることが必要だ。

 

金融の正常化は、経済の長期的なパフォーマンスを向上させるために、短期的には経済に負のショックを与える政策である。

 

短期的な効果は、前項で述べたようなものであり、はっきりと予測できるものが多いので、抵抗が大きい。

 

日本経済が衰退した基本的な原因は、このような短期的効果だけが考慮され、過度の金融緩和が長期的な経済の生産性に与える負の影響を無視されてきたことである。そうした政策が20年、30年の長きにわたって続いたために、日本経済はここまで弱体化したのだ。

 

しかし、政治資金問題などで弱体化した岸田政権が、果たして経済界を説得して金融正常化を支えられるかどうか、疑問だ。本格的な金融正常化は、現在の日本の政治状況の下では極めて困難な課題だと考えざるをえない。

 

もし、短期的な利害が優先されて金融正常化がさらに引き伸ばされれば、日本経済の衰退は決定的なものになってしまうだろう。日本は極限まで弱体化し、立ち直せなくなってしまう。日本は、いまその瀬戸際に立っていると考えなければならない。

 

こうした状況下で何よりも必要なのは、なぜ金融の正常化が必要なのかを、日銀が国民にわかりやすく説明することだ。

日銀債務超過問題をどう処理するか?

なお、日銀は、これまでの金融緩和の過程で大量の国債を購入し続けた。その結果、国庫短期証券を除く国債・財投債の日銀の保有比率は、2023年9月末で53.86%という異常な事態になっている(2023年7―9月期の資金循環統計による)。

 

この状態で長期金利が上昇すれば、巨額の国債評価損が発生する。実際、2023年4〜9月期決算では、日銀が保有する国債の含み損は9月末時点で10兆5000億円となっている。

 

この問題は多分に名目上のものであり、日銀の業務運営に実質的な影響を及ぼすものではないのだが、放置しておけるものでもない。経済に攪乱的な影響が及ばぬよう、慎重な対処が必要だ。

 

なお、金融正常化として、以上では、金利の問題を中心にして論じた。もう一つ重要なのは、日銀が巨額のETFを保有しているという事実である。このような政策は、中央銀行としては、きわめて異例のものであり、OECDの対日政策審査で強い批判の対象となった。ETFの購入を停止し、残高を減らす(できれば、すべて売却する)ことが必要だ。