たかが試験、たかが試験 | 司法の山を見まわして

司法の山を見まわして

司法書士の宮前知光と申します。
世界遺産「富岡製糸場」の近所で開業しております。
業務と関係したりしなかったりの、日々の雑感を綴ります。

もしオリンピックに「おっちょこちょい」を競う種目があったなら、日本代表の座をサザエさんと争えるのではないかと思われる我が妻ですが、意外にも司法書士資格なんぞを有していたりしますえっ

 

合格したのはかれこれ16年前。

その前年も一緒に受験していたのですが、私は受かり、彼女は落ちました。

 

自己採点では余裕で合格圏内にあったのに変だと、しばらくは泣いたり愚痴ったり泣いたり泣いたりして大変でした。

私も心底かわいそうと思い、親身になってなぐさめ励ましつづけたことが後の結婚につながるわけですが、それはまた別の話べーっだ!

 

なにしろ日本代表になり得るポテンシャルの持ち主ですから、そこは自分の名前を書き忘れたなりマークシートの筆圧が薄すぎたなり、なにかしらやらかした結果に違いないと、私も当時の勉強仲間も見ているわけですにひひ

 

とにもかくにもそこから彼女なりに気持ちを切り換え、おっちょこちょい病も(一時的に)克服し、翌年には真の合格を勝ち取ったという次第ベル

 

一方、私の同期の中には逆に、「自己採点によると絶対落ちたはずなのに、なぜだか受かってしまった。こんな自分が司法書士になっていいのだろうか」と思い悩む人もいました。

 

本人は日頃から自身の学歴の低さやら何やらを気にしていて、ひねくれたり飲んだくれたりしながらも人一倍がんばって勉強に取り組んでいました。

だから私は言ってやりましたチョキ

 

「仮に手違いによる合格だとしても、合格者以上に努力して、合格者に負けない知識だって持ってるんだから、なんら恥じることはないだろう。この先いい仕事を重ねて社会に還元していけば、それでいいじゃん」

 

私の言葉が効いたわけでもないでしょうが、そのとおり彼女は成年後見を中心とした実務に邁進し、講演や研究発表や役職などもこなし、私の視界のはるか先を行く司法書士として大活躍しておりますアップ

 

最後に、大学時代のクラスメートから聞いた話を一つ。

彼の高校時代の同級生Aくんは、某W大学に記念受験的なノリで願書を提出したものの、気が変わって受験に行かなかった。

ところが驚いたことに、後日W大学から合格通知が届いた。

Aくんはこれ幸いとばかり、受験してもいないW大学に入学し、今もフツーに通っている。

 

真偽は不明です。ネタかもしれません。

ただ、もし実話だとしたら、Aくんの人生はそれでいいのでしょうかむっ

 

いいのでしょうね。

平然と通えるぐらいの人ですから、そのまま平然とどこまでも行けるのでしょうね。

特にバチも当たらず、結婚したらしたで、奥さんにも子供さんにもじゃんじゃん顔向けできるのでしょうね汗

 

何が言いたいのかといいますと、試験なんてそんなもんだということです。

たかが人間の作り出した、欠陥ある制度の一つにすぎません爆弾

 

今年の司法書士試験も終わり、受験生のみなさんは、読めたり読めなかったりする結果に悶々としているところと思います。

 

遠からず結果は出ます。

ただし本当に大事なのは、結果そのものよりも、結果をどう受け止めどう料理するかという、人生に対するみなさんの腕というか肚というか、そういうものにかかっている気がするのですヒマワリ