
1ヶ月ほど前、明けましておめでとうございました!
前回のブログが夏ですが、死んでいた訳ではなく、
ちょっと忙しくて充実した生活を送っていたら、年が明けていました。
年が明ける頃、うちの近所に急に、

サーカスが来ましたー!
なんでー?
住宅街のど真ん中にー??
キルギスサーカス、どんな事するんだろー?と思ってポスターを見に行ったら、
ピエロ、空中ブランコ、サル、クマ、ライオン… (なかなか本格的)
アシカ… (水中動物まで)
イヌ、ネコ、小鳥、ハムスター… (もはやペット!)
スポンジボム… (アメリカアニメ!)
ティラノザウルス… (恐竜っ!!)
一体どんなサーカス…。
ポスターを見に行った結果、謎が深まり呆然としていたら、サーカスから宣伝カーが出動して行きました。
宣伝カー、ロシア語なのでよく分からなかったけど、唯一聞き取れたのが、
「ティラノザウルス フロム ジャパーン。」
まじか。
ティラノザウルス、日本から来てるのか。
このサーカス、2週間くらいで撤退してしまい、見に行けませんでした。
無念。
日本ティラノザウルスを一目見たかったです。
あと、近所の通りで水道管が破裂しました。

車も通るし危ないので、目印に可愛らしい旗が飾られました。
1週間後、段ボール追加。

2週間後、木とベンチ追加。

3週間後、修繕。

(間で、公園はさんだよね!?)
さて、夏以降、今まで何をしていたかを簡単に振り返ると、
(1) ロシア人の医者と喧嘩
ボランティア活動が始まって1年ちょっと経った秋に、私が働く神経内科の長である女医と喧嘩になりました。
この人、ロシア語しか出来ないし、日本人ボランティアに興味のない人なので今までほとんど関わりがなかったのですが、院長から何か言われたらしく、急に偉そうにからんできて、私も、何もなきゃ言わなかった不満を言い始めたら止まらなくなって、言い合いになりました。
が、結果、色々話してお互い納得出来たので良かったです。
特に、
「マッサージ師のラースルは、さっぱり学ぶ気がないのですが、まだ指導するべきですか?一年間、努力し続けてきて、私、疲れましたけど。」
を聞いてもらえて良かったです。
(2) さようなら、ラースル
去年末でラースルがこの病院を退職して、別のクリニックに転職しました。
「僕、来年からここでは働かないから。寂しいでしょ?君が僕のことを悪く言ったからだよ!」
って最後、言いに来ました。
確かに私は、医者からラースルはどうだ?って聞かれる度に、「ラースルはダメです。」って言ってました。
あんな、リハビリの事を何も知らない人をセラピストだと認めたら、キルギス医療はおかしなことになる!と言う正義感の元にです!
個人的な感情で意地悪言ってた訳ではないです!
(てか、クリニックの方が稼げるから転職したこと、私は知ってるからね!)
(3) 幸せ新年
キルギスで言う「新年」とは、12月に始まって、クリスマスと大晦日、正月を含む1ヶ月強を指します。
イスラム教国のキルギスでは基本クリスマスを祝わないのに、クリスマスツリーとかサンタクロースとかクリスマスプレゼントは存在して、これは新年のお祝いです(と、言い張ります)。
この新年の時期、沢山のキルギス人(時々、日本人)が私と遊んでくれました。
その1「二十歳、女子」 若いですねー写真の撮り方が。


(トナカイとかツリーとか写ってるけど、あくまで新年のお祝いです。クリスマスではありません。)
その2「職場の同僚たち」

(これも新年。クリスマスではありません。)

(メリークリスマスって書いてあるけど、違います!)
その3「ライブバーのミュージシャン」 久々、ドラム叩きました!

その4「患者さんの家族」

大晦日の食事会。クリスマスプレゼ…いや、新年プレゼント頂きました。
その5「キルギス語の先生」


大晦日の夜、アラト―広場のカウントダウンコンサートを見に行きました。
が、寒過ぎて、1時間で退散。
その後、大晦日から新年にかけては、このジャミーリャ先生が実家に呼んでくれて、一緒にお正月を迎えました。



中央アジアの伝統料理、マントゥを作っています。

ご馳走を食べて、お酒を飲んで、歌ったり踊ったりして、

深夜が近付くと、大統領が演説を始めます。
そして、0時になると、広場で花火が上がり、みんなで新年を祝います!
みんな、一斉に外に出て、花火を打ち上げ始めます!
民家から、本気花火を上げるんですよ、キルギス人。
各家が競って玄人の花火を上げるので、住宅街が花火会場です。
そして、明け方まで、「パン食え」「肉食え」「お茶飲め」「酒飲め」して、合間合間で誰かが乾杯に先立ってお祝いの言葉を述べたりします。
この、飲み会の席でお祝いの言葉を言うのは、キルギス特有の風習です。
決まり切った言葉もあるにはあるけど、それぞれが集まった人に対して感謝を述べたり、みんなの幸せとか健康を祈る言葉を言います。
日本人がお酒の席で「全然飲んでないじゃないか。もっと飲め。」って言われて、好きでもないのに渋々飲む感じで、「お前まだ、言ってないだろ。ほら言え。」って言われて渋々言ったりしてます。
私も勧められたらキルギス語で頑張ってお祝いと感謝の言葉を言います。
キルギスの若い人は苦手な人もいるようですが、私、この風習好きです。
日本人は、家族とか仲良い友達に、面と向かって「あなたの幸せを願ってる」とか「こうして一緒にいれて嬉しい」とかなかなか言わないじゃないですか。
でも、キルギスの飲み会の席では、一人ひとりの顔見ながら、まあまあ長い事、良い言葉を沢山言うんです。
素敵です!
そして、1月1日は、昼前まで寝ます。
これは、万国共通(^^)
ジャミーリャ先生の家族、みんな優しくて、初対面の私を家族の一員みたいに大切に扱ってくれて、幸せな新年を過ごしました。

(4) トゥショー・トイに呼ばれる
トゥショー・トイと言うのは、一歳になった子のお祝いの会です。
一歳になった子の両足を白と黒の紐で結び立たせておいて、向こう側から何人かがかけっこをします。

(すごい泣いてますけどね)



かけっこ一番になった人が、両足の紐を切ります。
そして、「たい、たい、たい」って言いながら、一歳の子供を歩かせます。
こうすると、足の強い丈夫な子になります。
ぜひお試しください。

(ずっと泣いてましたけどね)
この後、宴会会場に入って、食べたり飲んだり、例によって、お祝いの言葉を言ったり、歌ったり踊ったりして、5時間でも6時間でも宴会は続きます。
キルギス人は宴会が大好きです。
事あるごとに宴会をしています。
お客さんを呼ぶのも大好きです。
お客さんは幸せをもたらす大切な存在なので、ご馳走を用意して盛大にもてなします。
普通にお客さんが来るだけでもご馳走を作りますが、宴会となると羊や馬を一頭さばいたりして大ごとになります。
マジで大ごとです。
宴会の準備のため、大人たちは仕事に行ってる場合じゃなくなります。
「今週末、うちで宴会あるので。」
は、キルギスの代表的な欠勤理由です。
(いや、本当に。)

「コノック ケルセ コズゥ ソイ!」=「客が来たら、子羊さばけ!」
(5) 温泉保養地「ウスクアタ」
先月、私のとこに「娘が1歳8ヶ月になるのにまだ歩かない」って相談に来て、その日から2週間毎日リハビリに通って来てた親子がいました。
お母さんアセーリの実家はウスクアタでホテルを経営していて、「温泉あるのよ。今週末一緒に行きましょ。」って言われて「え、本当に?行くー!」って行ってきました。
アセーリのお兄さんの車に乗せてもらって、アセーリとアセーリの旦那さん、2人の大切なテントウ虫と一緒に、土曜日の午後に出発。


アセーリの実家が経営するホテル。ホテルのすぐ右側が温泉プールです。


山から源泉を引いてきている、本物の温泉です!
着いた日の夕食後に早速入りましたけど、周りは雪山で、小雪がちらついてて、温泉の質も温度も完璧で、素晴らしかったです!
週末に温泉に浸かれただけで幸せだったのに、ホテルの仕事がひと段落したアセーリたちが私を呼んでワインを出してくれました。
実は温泉に入った後ちょっと飲みたいなと思ってたけど、ここの家族、誰も飲まなそうだし店もないし、諦めて寝ようとしてたとこでした。
アセーリがお酒を飲む人とは嬉しい(笑)
次の日の朝食後は、アセーリの旦那さんが周辺を案内してくれました。
散歩道があって、

仏石があって、

リスがいて、

自然に出来た氷の彫刻がありました。

さらに30分くらい歩くと、滝もあります。



2時間くらい自然の中を歩いて、ホテルに戻って昼食を食べて、もう一回温泉。

さらに、季節(5月~9月)になると、ここでは新鮮な馬乳酒が飲めるらしいです!
馬乳酒は、アジアの遊牧民族が作り出した奇跡の飲み物です。
私は、モンゴルで初めて馬乳酒を飲んだ時、あまりの不味さに2口飲んで吐きそうになりました。
「腐ったチーズを何日間か炎天下に放置してたらドロドロになっちゃった。飲んでみて。」みたいな飲み物で、私は、「今まで飲んだ飲み物の中でワースト1」の称号を馬乳酒に与えました。
が、キルギスで馬乳酒を飲んだら、美味しかったです。
馬乳を発酵して作るお酒なので、クセは強いし臭いし、外国人はすぐお腹を壊しますが、なんか、私、馬乳酒が好きで、たまに自分で買ったりするくらいです。
思うに…
モンゴルで飲んだ馬乳酒、ホントに腐ってたんだと思います。
飲んじゃいけないやつだったと思う。
馬乳酒の魅力については、今度機会があれば書きます(*^^*)
(6) プレゼンテーション
ボランティア活動先の病院でプレゼンをしました。
私はプレゼンのスライドを作るのも、前で話すのも嫌いなので、最初で最後のプレゼンのつもりで、キルギスの全医療従事者に伝えたい内容を、一年半指導してきた研修医達と一緒に作りました。
特に、現役のプライドの高い(でも知識の薄い…)医者には絶対聞いてもらいたくてしつこく招集したところ、病院内の医者とリハビリ関係者、ビシュケク市内の他の施設の職員も集まってくれ、さらに、国内の主要都市4ヶ所の病院とネット中継が繋がり、全国規模の大がかりなプレゼンになりました。
期待以上の協力と結果に私はとても満足して、今、
「もう帰って良くない?」
という気分になっています。
あと5ヶ月もありますが、着々と帰国準備を進めているところです。
帰国報告、書き始めよっかなー♪