前にtwitterでもつぶやきましたが、ここにきて「ガイジン」という言葉にとても違和感を感じるようになりました。日本では日本人以外の国の人を「ガイジン」とひとくくりにする。先日東京を舞台にしたあるハリウッド映画をケーブルテレビで見たが、そこでもこの「ガイジン」という言葉によって、東京に住み始めたばかりのアメリカ人がとても傷つく、あるいは差別されていると感じるような描写でした。
アメリカではあまりforeignerという言葉を使わない・・気がします。明確にJapanese Korean Chinese Mexican Spanish といったり、あるいはAsianとか、international studentとか、non-nativeとか言うこともあります。。
このつぶやきをしたら、ある人が「僕たちは無意識的に鎖国している」と返信してくれました。
非常に言い当ててるな~と思う。悪気はまったくない。日本では大半が日本人同士で生活しているから、そういった感覚になってしまうのだと思います。実際私も日本にいたときは、レストランに日本人以外の国籍の人がいると「わあ~めずらしい、ガイジンさんがいる~」って思ったものです(恥)。
今では不思議でもなんでもありません。レストランに入れば、アメリカ人もいれば、アフリカンアメリカンも、アジア人も、インド系の人も、それはそれはさまざまです。むしろ私たちのほうがアメリカ人からみたら「ガイジン」ですし。だから逆の感覚を感じることは時々あります。白人しかいないところにアジア人が入ると「なに、あのアジア人」みたいな目でじろ~っと見られたり、存在しないものとして扱われたりすることもあるわけです。
ピッツバーグはアジア人がそこそこ多いので過ごしやすいですが、フィラデルフィアに1ヶ月いたときは楽しかったけれどとても居心地が悪かったのを思い出します。アジア人があまりいないので、すれ違い様に珍しい顔で見られます。それが嫌で常にサングラスをかけて街を歩いていました。日本ですごす外国の方々もそんな感じなのでしょうか。英語は通じないし、非常にすごしにくいでしょう。。。
そういう中で今、「グローバル人材の育成」が話題になっています。私はどうしてもこの「グローバル人材」という言葉がしっくりこなくて困っています(笑)。なんでしょう、グローバル人材って。話題になっている一方で東洋経済によると、グローバル人材という言葉に明確な定義はないが、一般には①グローバルマネジメントができる、②海外市場に精通している、③海外と高度なビジネスができる、などが挙げられるそうです。定義はないのに、その人材になるために求められるスキルは明確化されてるそうです。うん?よくわかりません。
ちなみに必要なスキルは
・語学力…英語の重要性は揺るがない
・コミュニケーション力…アジア各国の行動特性とマネジメントのコツを学ぶ
・専門性…ゼロから商売を興せる能力。タフさと専門性。
だそうです。いまいちピンとこないのは私だけでしょうか。
日本人がなんとなく共通認識として持っているグローバル人材像というのがあるんだと思います。英語がペラペラで、外国人とも臆することなくコミュニケーションがとれ、プレゼンテーションなんかも立派にできて、世界に通用するような資格も持ってたりする。。感じでしょうか?
たしかに今はグローバルにものを考えなければならない時代です。インターネットが普及し、世界中の人と簡単につながることができるし、すぐにでも世界を相手にビジネスだってできる時代。だからこそスムーズな意思疎通のために英語が必要というのは理解できますが・・なんとなく「英語できるイコールグローバル人材」みたいな方式が透けて見えます。英語はあくまでもコミュニケーションの手段。TOEICで点が高いからといってコミュニケーションが取れるのとはまた異なります。英語でのコミュニケーションが堪能な日本人から見ると、手段と目的がちょっと違って見えると言っていました。
実際私が通うESLでも日本人や韓国人のgrammar testやreadingは点数が高いので、それを基準にすると上級クラスです。でもしゃべれない・・・。かくゆう私もそうです。逆にまったくreadingはできないし、grammarもわからないけれど、とにかく英語でしゃべれる、コミュニケーションが取れるという外国人も多いのです。これには最初とてもびっくりしたのを思い出します。
求められるスキルもそうですが、それ以上に大切なのは「違い」を認め、受け入れ、コミュニケーションをはかることだと痛感します。そしてもうひとつ、私たち自身が日本人であることの誇りを持ち、自分のこと、自国のことを知り、語れることも大切です。日本はすばらしい国です。四季があり、旬があり、技術もサービスも世界トップクラス。
ここにいると嫌でも自分が日本人であることを意識します。「日本ではどうなの?日本人はどうなの?あなたはどう思う?なぜ?」これの繰り返しです。自分のルーツを見失っては語れないことです。
"Think globally Act locally"という言葉があります。地球規模で考え、身近なところから行動せよという意味ですが、これこそこれからの時代に必要ではないでしょうか。
そしてもうひとつ、世界中に友達を作ることも重要。友達が一人いるだけでその国が自分にとってとても身近になり親近感が沸きます。そうすると国家間のトラブルや、その他事件があっても、自分には関係ない~ではなく、もっと知りたい!につながったり、あるいは非難するだけに終わることも避けられるかもしれません。私もここにいさせてもらっているおかげで本当に世界が身近になって、それが一番得られたことかもしれません。日本でも話題のFacebookですが、アメリカではいまやなくてはならないツールですし、私自身もそのおかげで今でもさまざまな国の友人とつながっています。
まだまだ私の中で「グローバル人材とは何ぞや?」のナゾは解けませんが、少なくとも「心の境界線」をなくすことが重要なのではないか・・・そんな風に思います。そしてグローバル化の波の中で、揺るがない自分の軸をもつこともまたひとつ重要なのかもしれません。
久々に長いブログになりました。乱文お許しを~。。。
アメリカではあまりforeignerという言葉を使わない・・気がします。明確にJapanese Korean Chinese Mexican Spanish といったり、あるいはAsianとか、international studentとか、non-nativeとか言うこともあります。。
このつぶやきをしたら、ある人が「僕たちは無意識的に鎖国している」と返信してくれました。
非常に言い当ててるな~と思う。悪気はまったくない。日本では大半が日本人同士で生活しているから、そういった感覚になってしまうのだと思います。実際私も日本にいたときは、レストランに日本人以外の国籍の人がいると「わあ~めずらしい、ガイジンさんがいる~」って思ったものです(恥)。
今では不思議でもなんでもありません。レストランに入れば、アメリカ人もいれば、アフリカンアメリカンも、アジア人も、インド系の人も、それはそれはさまざまです。むしろ私たちのほうがアメリカ人からみたら「ガイジン」ですし。だから逆の感覚を感じることは時々あります。白人しかいないところにアジア人が入ると「なに、あのアジア人」みたいな目でじろ~っと見られたり、存在しないものとして扱われたりすることもあるわけです。
ピッツバーグはアジア人がそこそこ多いので過ごしやすいですが、フィラデルフィアに1ヶ月いたときは楽しかったけれどとても居心地が悪かったのを思い出します。アジア人があまりいないので、すれ違い様に珍しい顔で見られます。それが嫌で常にサングラスをかけて街を歩いていました。日本ですごす外国の方々もそんな感じなのでしょうか。英語は通じないし、非常にすごしにくいでしょう。。。
そういう中で今、「グローバル人材の育成」が話題になっています。私はどうしてもこの「グローバル人材」という言葉がしっくりこなくて困っています(笑)。なんでしょう、グローバル人材って。話題になっている一方で東洋経済によると、グローバル人材という言葉に明確な定義はないが、一般には①グローバルマネジメントができる、②海外市場に精通している、③海外と高度なビジネスができる、などが挙げられるそうです。定義はないのに、その人材になるために求められるスキルは明確化されてるそうです。うん?よくわかりません。
ちなみに必要なスキルは
・語学力…英語の重要性は揺るがない
・コミュニケーション力…アジア各国の行動特性とマネジメントのコツを学ぶ
・専門性…ゼロから商売を興せる能力。タフさと専門性。
だそうです。いまいちピンとこないのは私だけでしょうか。
日本人がなんとなく共通認識として持っているグローバル人材像というのがあるんだと思います。英語がペラペラで、外国人とも臆することなくコミュニケーションがとれ、プレゼンテーションなんかも立派にできて、世界に通用するような資格も持ってたりする。。感じでしょうか?
たしかに今はグローバルにものを考えなければならない時代です。インターネットが普及し、世界中の人と簡単につながることができるし、すぐにでも世界を相手にビジネスだってできる時代。だからこそスムーズな意思疎通のために英語が必要というのは理解できますが・・なんとなく「英語できるイコールグローバル人材」みたいな方式が透けて見えます。英語はあくまでもコミュニケーションの手段。TOEICで点が高いからといってコミュニケーションが取れるのとはまた異なります。英語でのコミュニケーションが堪能な日本人から見ると、手段と目的がちょっと違って見えると言っていました。
実際私が通うESLでも日本人や韓国人のgrammar testやreadingは点数が高いので、それを基準にすると上級クラスです。でもしゃべれない・・・。かくゆう私もそうです。逆にまったくreadingはできないし、grammarもわからないけれど、とにかく英語でしゃべれる、コミュニケーションが取れるという外国人も多いのです。これには最初とてもびっくりしたのを思い出します。
求められるスキルもそうですが、それ以上に大切なのは「違い」を認め、受け入れ、コミュニケーションをはかることだと痛感します。そしてもうひとつ、私たち自身が日本人であることの誇りを持ち、自分のこと、自国のことを知り、語れることも大切です。日本はすばらしい国です。四季があり、旬があり、技術もサービスも世界トップクラス。
ここにいると嫌でも自分が日本人であることを意識します。「日本ではどうなの?日本人はどうなの?あなたはどう思う?なぜ?」これの繰り返しです。自分のルーツを見失っては語れないことです。
"Think globally Act locally"という言葉があります。地球規模で考え、身近なところから行動せよという意味ですが、これこそこれからの時代に必要ではないでしょうか。
そしてもうひとつ、世界中に友達を作ることも重要。友達が一人いるだけでその国が自分にとってとても身近になり親近感が沸きます。そうすると国家間のトラブルや、その他事件があっても、自分には関係ない~ではなく、もっと知りたい!につながったり、あるいは非難するだけに終わることも避けられるかもしれません。私もここにいさせてもらっているおかげで本当に世界が身近になって、それが一番得られたことかもしれません。日本でも話題のFacebookですが、アメリカではいまやなくてはならないツールですし、私自身もそのおかげで今でもさまざまな国の友人とつながっています。
まだまだ私の中で「グローバル人材とは何ぞや?」のナゾは解けませんが、少なくとも「心の境界線」をなくすことが重要なのではないか・・・そんな風に思います。そしてグローバル化の波の中で、揺るがない自分の軸をもつこともまたひとつ重要なのかもしれません。
久々に長いブログになりました。乱文お許しを~。。。









