夏休みに入りましたね。まだ7月というのに8月の夏真っ盛りのような暑さの日々が続いてます。


先日、友人から「ちょっとメンタルがヤバいかもーえーん」と連絡あって、LINE電話で話してたって事があったのですが、


よく聞いてると、今、具体的に何か困った状況にあったり、問題があるというより、


体のバランスが崩れていて、

その体の反応からメンタルがヤバい事になってると感じてるように客観的には思いました。


もちろん生きてると、

何かしらの今後不安とか心配はあるもので、

頭からメンタルにも来てる割合がゼロな事は無いと思いますが、頭だけの問題では無い事がとても多い。


胸が苦しくなったり、

血圧が上がったり、

不安でいっぱいになったり、


実際そうあると今メンタル的にヤバいかも、

となるとは思います。



この暑さの中で体を一定に保とうとすると、

自律神経にもとても影響を与えているので、

(でも自律神経は自覚できないので自分ではなかなか気づけませんが。)


自律神経が乱れていることで、

メンタルがマイナスに偏りがちというのは、

大いにあります。


彼女は安定剤を飲む事も怖かったみたいなので、(かといってススメている訳でも無いけれど)




私の経験では、


例えば接客してるとき、だんだん、恐怖感が強くなってきて、接客が辛くなってきたとき、安定剤を飲むと落ち着いてきて、楽に接客出来るように切り替わったとか。


それって、お薬で、考え方とかメンタルが切り替えられる事では無いし、自力では変えられなかったときでも、頭が楽になってきたのは、、


安定剤の働きで、筋肉がゆるんだり、脈が落ち着いたり、体の反応が安定した事によって、気持ちや頭も変わってきた。


という事を何度も体験しているので、

これは、私的な持論ですが、


安定剤=精神安定剤というより「体の反応を安定させる」と思ってたので、あまり、薬への恐怖心は無かったです。


あとは「薬に依存的にならないかな」という不安もあると思いますけど、


わたしは「依存的になる不安」はあまり思って無かったので(あまり気にしてなかった)逆にあまり囚われずに大丈夫だったかなと思います。


頓服的に使って、今は数年以上は飲まないで大丈夫になってます。


医学的な話ではなくて、

私のひとつの体験談に過ぎないので、

主治医の方に相談されながらで〜お願い


彼女は少し安心して安定剤飲んだら、

その後庭の草むしりできる程なって、

その翌日もメンタル落ち着いてた様でした。



信仰的には祈って薬を使うとより安心なのですが、話の方向が本題からそれるし、出来なかったのですが、聖書に(我が名によって悪鬼を追い出し、新しき言を語り、蛇を握るとも毒を飲むとも害を受けず。)とあるのでその言葉より。





昨日は弓道の中学の県大会を少し応援に行きました。屋外だけど昨日は湿度は少なめで陰に入るとわりと涼しく感じられました。


車から出た直後は暑いけど、ずっと外にいると陰が涼しく感じられて、体の適応力の素晴らしさ〜と思った。もちろん熱中症は要注意ですけど。


みなさんの真剣さや緊張も伝わり胸あつでした。

見てるうちに弓道やってみたくなりました。私の性に合ってそうと思った。(でも道具をまず揃えることに、すぐすぐは断念でしたけど、いつか〜)



とりあえず、今年10月に久しぶりにヨガフェスティバルが大分で開催される予定で、そちらに参加して、久しぶりに昇段試験も受けたいなと考え中。


つぎは、ブリッジをして片足上げが項目に入るので、練習しなきゃなのですが、、ブリッジとても苦手でずっとやってません。


子供の頃はみんな余裕でやってたと思うけど、大人に成ればなる程、体を反る動きは難しくなります。ので、反り系の動きは若返り〜アップとも言われます。


やらないといけなくならないと苦手な事はやれないし、でも、出来るようにはなりたい!のでチャレンジしたいな〜思ってます。




今のところ出来る気が全くしない〜




話がダラダラ長くなりましたが

最後にbssつづきまで



はら(霊・自分の芯)を充電する方法はこれまでやってきました。

前回までの内容はコチラ





bss初期④信仰の法則2

では今回はあたま/理性の領域について。


わたしが異言で祈る場合、それはわたしの霊が祈っているのですが、理性は実を結びません。コリント前書



日常生活では、知性、感性、理性という頭の領域を使って生活しています。


頭の領域を使って生活してますが、
もしそこに神の働きを得ようとするなら、はら主体に切り替えるタイミングが必要。


神の働きは自然の法則を超えた、
常識を超えた超自然的な働き。

奇跡を得ようとする時に、いつもの自然的な方法で得ようとしても得られない。




普通の生活では頭を主体にして動いているけれど、それを、はらに切り替えて
《頭八分》の割合になっていく。




《理性が実を結んでないときの特徴》


⚪︎でもね「yes、but」が多い。 


⚪︎感謝をしないでお願いばかりになっている。それは人相にもそれは表れてきます。


⚪︎「今、ここで」の感覚が弱い。





《理性が実を結んでいるとき》


⚪︎そうだね〜「yes、and」が多い。


⚪︎感謝をする。


⚪︎「今、ここで」の感覚が強い。





また、我々の中に呪いの言葉マイナスの言葉があれば、それを祝福の言葉に変えていく。


人を祝福するにも自分を祝福していないと出来ません。





例えば


⚪︎自分はダメだ→超最高ワンダフル


先の事を心配してしまいがちですが、
それも祝福の言葉に変える。


⚪︎この先どうすれば→今まで何とかなった


⚪︎歳のせいか→油がのって来た



《短所の言葉を長所の言葉に変える》


⚪︎内気→控え目

⚪︎口下手→聴き上手

⚪︎行動出来ない→考えが深い





《対等な関係を築く》


人との対等な関係を築くことでしか他人の役にはたたない。つまり人を励ますことは出来ない。


励ましも上から目線だと励ましにならず、
逆に落ち込ませてしまう。

下からでも励ましにはならない。

媚びている事になる。





人を励ます事が出来れば、

自ずと理性の実が結んで来る。


人を励ますには、まず、
自分を励ます事が出来ること。


人から好かれようとする行動は

あらゆるなやみの根源。




《ぶりっこをやめる》


統計的には、

10人いれば2人は気の合う人

1人は気の合わな人

残りは普通



だからみんなに好かれようとせず、

また気の合わない人も自分にとって
必要な人である時もある。



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