こんにちは。


人生で自分の子供や家族が亡くなったり、流産したり死産したりして、

とっても悲しい思いをした人もいると思います。


でも、そういう経験をした人でも、

他人に死を考えさせるようなことをする人もいます。


自分の家族は死んで悲しいけれど、

他人は別に・・・・・って感じなのでしょう。。。。。


そういう家族は全く学びがない、愛のない、感情のない家族なのでしょう・・・。


お金を与えるから、愛をもらう・・・・。

そういう関係がずっと続いていると、

真実の愛やきちんとした感情がある愛が、偽物のように感じるのかもしれません。

それこそが真実の愛なのに、条件のある愛が本当の愛だと間違ってしまっているのでしょう・・・。


今までずっと、お金と引き換えに愛されてきた結果です。。。。。

そしてとうとう、他人を傷つけ、他人で成長して学び、

その結果、加害者にもかかわらず、被害者のふりをし、自分の家族のみを守り抜き、

それを真実だと間違えて、さらに人を傷つけ・・・・・・。


逃げる、無視する・・・・・。


自己反省で済むことでしょうか???


人が一人死んだ、いじめ問題だって、

自己反省すればいいなんて、甘いと思います。


自分の子供が死んだらどうするのでしょうか?????


カルマだから仕方がないと涙一つ流さないのでしょうか?

この子の学びだから諦めよう!!!と思うのでしょうか???


いじめをするような大人の子供は必ず、いじめの加害者になります。


家族全体に問題があることに気がついていないからです。


似たもの家族ですからね・・・・・。


常識がない人は常識がない人と結婚します。。。。


それは周りの評価でわかりますよね・・・・・。

どういう人間かは・・・・・・。


自分の子供が死んで悲しい経験をしているはずなのに、

なぜ、他人をいじめたりするのかが不思議・・・・・。


自分たちは可哀想だけれど、

他人が死ぬことは何とも思わないのかもですね・・・・・。


自分の成績のために社会貢献をやっている人はそういう人が多いです。

社会的地位を保つためにとりあえず、世のために何かをしなければと思っている人の中には、

良心がない人が結構いたりします。

いじめの加害者の母親のように、社会貢献活動をしているにもかかわらず、

人を殺めておいて、自分たちは被害者だ~と怒鳴っている非常識な人のように。。。。


そんな人間力が低い人が世の中にたくさんいます・・・・。


人を殺して、何とも感じない人間がいることに驚きます。。。

そこまでして逃げたいってすごいです・・・・・。


こんにちは。


人を利用して成長したり、

人を傷つけて学んだり、

人を死なせてまで、逃げたり、自分のしたことを認めなかったり・・・・、


そういう人は、負のエネルギー包まれ、

最期を遂げる・・・・・。



今すぐにそうなるわけではなく、

最高最善のタイミングで、必ず、負のエネルギーから抜け出せなくなるときがきます。


自分を成長させてくれた人や、

人を傷つけて学んだ場合、


普通の愛のある人間は、そこでその人に感謝や謝罪、

そしてきちんと自分のやったことを認め、

愛ある関係性をきちんと構築しようと努力します。


でも、良心をもたない人間、愛のない人間は、

過去は過去、これから人を傷つけずに生きていけば、神に許されると思ってしまいます・・・・・。

これも逃げの思考です。

自分が過ちを犯したことを、切り捨てや排除という形を潜在意識は選びます。


それは自然と潜在意識が選んでそうしてしまうのです。


ある特定の人を利用しての学びや成長が終わったら、

次は、これでもかというくらいその人を傷つけ、

自分から離れていくように仕向けるのです・・・・・。


そして、全く自分は関係がないと傍観者となるのです。

そのパターンを何度も繰り返しているのです。

周りが犠牲者となり、その人は生きているのです。

そんなことをしていたら、最終的には、

たくさんの負のエネルギーに包まれるのは当たり前です。


それは顕在意識では全く気がつかないレベルでやってしまっています。

真実の愛がないところで生活をしている人の潜在意識というのは本当に恐ろしいです。



負のエネルギーというのは、

過去の人間関係から生まれる場合が多いです。

これからどんなにいいことをしようが、

世のためやっていこうが、

人を傷つけたり、間接的に人を殺めたりしたことは、決して消えないです・・・・・。


そして周りはすべてわかっています。

そして、みんな言わないだけなんです・・・・。


気の毒な人間だなぁ~と思っていても、

人は自分より権力がある人には絶対に言わないです。

それは人は損得で物事を考える人間だからです。


権力がある人にも、真実を言って気づかせてくれる人が本当に愛を持っている人間です。


でも、人は真実を認めたくないので、そういう本当の愛、真実の愛を持った人を嫌います。

今まで、真実の愛をもった人と出会ってこなかったから、そういう人間に出会ってびっくりしてしまうのでしょう・・・・。

家族が利害関係で常に成り立っている場合はなおさらです。。。。


人間力が低い人たちというのは、

真実の愛はまずないです。

そしてそういう人たちの家族や配偶者ももちろん持っていません・・・・。

持っている人が近くにいたら、伝染してきちんと真実の愛を持つことができるますから・・・。


今も私は考えています。

人を傷つけ、死まで追い込んで、その人は何を学ぶのかを?????


未だに答えが見つかりません。

私はそんなものはないと思っているので、

真実の愛がない人たち、真実の愛がない家族は、人を死まで追い込んで、何を学ぶのだろう????


こんばんは。


傍観者になる人の心理・・・・。

それは、自分のやったことを認めたくないから。

顕在意識は逃げている・・・・。


だから、一生懸命、被害者の悪いところを探す・・・・。

カルマ、学び、次は、運気・・・・・・。

では、その次はなんだろう?????


本人の潜在意識はもうすでに気がついている・・・・・・。


でも、認めることができない・・・・。

自分が選んだ大きな人生での選択が失敗だったことを・・・・・・・。


なぜ、あかの他人で学んだか、

なぜ、あかの他人を傷つけることで自分は成長しようとしたか・・・・・・。


それは、

自分の家族が学びや成長を与えてくれるほど魂レベルが高い人ではないから、

他人で学ぶしかなかったのでしょう・・・・・。


潜在意識はすでに気がついているんです・・・・・。

ずっと前から、気がついているんです。。。。。。。

だから、他人で学ぶ、他人で成長するという選択を潜在意識はしたのです。


もしも、今後それに気がついたとしても、もう遅い。。。。。。。。



こんな言葉を最近、聞きました。


時が熟したときに、Xデーは自然と訪れるもの。自然が求めるままに身を委ね
よう。そのとき気がつくだろう。自然は私になんて優しいのか、と
。自然はあなたがあなたのネイチャーに帰還する日をずっと見守り
待ってくれている。還ろう、本質へ。

自然は私が還ってくるのをずっと待っていて、そして見守っていてくれている。