こんにちは。
親からもらった命を、奪う人がいる・・・・。
そういう人も子供を持つ普通の親だったりする(怖いです・・・・・、考えるだけで恐ろしいです。。。。。。)
直接的に奪っても、間接的に奪っても、殺人は殺人・・・・・・・。
自分が発してきた、言動、行動を、
きちんと思い浮かべ、
自分が関わった、当事者なのですから、
きちんと、反省し、相手に誠意を持って接するべきです・・・・。
自分の子供が人に命を奪われたらどう思うのでしょうかね?????
『うちの子が死んだのは、仕方がない、学びだよ・・・・。
うちの子が犠牲になって、加害者はいろいろ学んだんだ。
加害者は、学べたことを感謝しているんだから、うちの子が死んでも仕方がない。。。。』
な~んて自分の子供が死んでも、傍観者的な考えを述べるのでしょうか????
なぜ、他人は死んでも平気、でも自分の家族は・・・と思うのでしょうか?
みんな、親がいて、愛してくれる人がいるのは同じです。
自分の家族は死産したりしたのはかわいそう。。。
そういった経験をしたにも関わらず、
人をいじめ、人を悲しませ、その後、さらに言葉の暴力、
自分が行った行動なのに、人のせいにしたり、
逃げたり、排除するなどの、人の人格を否定する行動をして・・・・。
これは試練だからと、壁を乗り越えろ、乗り越えられないのは、乗り越えようとしていないから。。。。。
いや、いや、あなたが仕組んだことです。。。。。。。これはあなたが仕組んだ試練です。
乗り越えられず、人が命を落とす選択をして、
あなたが学ぶことは何でしょう??????
もしも学びたければ、家族に試練を与えるべきでした。。。。。
私ではなく、家族に与え、乗り越えられるように、トレーニングするべきでした。
死産したことで乗り越えたと思っているかもしれませんが、
今度は人を殺めるということで家族はまた学ぶのかもしれません。。。。
人の命を犠牲にして、家族の絆を深めるという、間違った愛情を学んでいます。
一度目は、自分の子供の死産、
そして次は他人。。。。。。。潜在意識レベルでやっていることなので本人たちは全く気がついていません。
そういう家族は、もっとも貴重な人の命を引き換えにしないと、
絆が深まらない家族なのです。。。。。真実の愛で結ばれていないからです。。。。
そして家族は人を犠牲にして学ぶこと、愛情を深めるということを繰り返し、
負のエネルギーに包まれていきます。。。。。
そのうち、誰もそのエネルギーには近づかなくなります。
私は今までたいていの試練は乗り越えてきました。
でも、今回はバックグランドにあるものが、
加害者の逃げや責任転嫁しか見えない・・・・・。
加害者の学びや気付きはとても大きいけれど、
私にとってはとっても苦痛の日々。。。。。。
話し合いの場を何度も提供したし、
忘れようと楽しいことを企画したし、一緒にいて加害者のいいところをみようと努力もした。
二人できちんと話し合えば解決できることも、
結果、相手が逃げる・・・・・・。
もう遅いのです・・・・・・。
本人は他人の死、家族の死で学ぶ、家族の絆を深めるという
潜在意識レベルで選択してしまっています。。。。。。。。
顕在意識はそれに逆らえない・・・・・・・。
なぜなら、潜在意識と顕在意識が統合されていないから。。。。。
私が以前から何度も加害者に言っていた、統合されていないのは問題だと。。。。。。
家族に学べる相手がいないのは、
最低最悪です。。。。。
家族でにこにこと笑顔で食事したり、加害者にも関わらず、旅行にいったり、
人を殺めておいて恐ろしいことに普通に生活しているのでしょう。。。。。。
でも、神様は見ていて、
負のエネルギーに包まれていることもみんながわかっています。
そして負のエネルギーに包まれ、最高最善のタイミングで、
最期を遂げるのでしょうね・・・・・・